13.ついに実力行使 その13
それからどの位経ったのだろうか。
俺は、左右に大きく揺さぶられながら車内にある座席や取っ手に必死になってつかまり、ジェットコースターなんか目じゃないスリルとGの中を耐えていた。
これは、実は悪い夢なんじゃないかと、思ってしまう。いや、そう思わないと耐えられない。
「うぉい!テルミ!もちっとスピード落とせ!」
「舌を噛みたくなかったら静かにしていろ」
「うわわわわわ、前、前、前!」
何度か、運転席でハンドルを握るテルミに向かって叫んだのだが、テルミの奴は別人にでもなったかのようにまったく聞き入れない。それどころか、まるで楽しんでいるかのように、急カーブにトップスピードで突っ込み、理解できないハンドルとレバー捌きで切り抜けて行く。その度にタイヤがキキキキキキーッと悲鳴を上げ、信じられないGがかかる。
こんなのが、息をつく暇もなく続くのだ。
これは、死ぬかも。
三途の川が見えてくるんじゃないか、と思ったころ。ようやく、道が平坦なところに出た。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」
全身が縮むんじゃないかと思うほどに息を大きく吐き出す。
「ね、ねぇ、おにぃちゃん、ケイ、生きてる、よね?」
左右に揺さぶられているうちにポケットから飛び出していたケイが、人の姿になって、半分泣きながら俺にしがみついている。ケイの場合、乗ったときはまだ携帯電話のままだったから、ベルトなんか締めていない。だから、ずっと俺にしがみついてきゃあきゃあ騒いでいた。
「はらほろひれはれ~@@」
さらに後ろ、3列目に座った紅娘は、やっぱりベルトを締めていなかったらしく、後ろの座席で本当にひっくり返りながら目を回している。どったんばったんやってて騒がしいとは思ったんだが、どうやら騒いでいたのではなくGに振り回されていたらしい。
「もう大丈夫でしょう」
その中で、本当なら一番あせってもいいはずのテルミは、いつもどおりの口調に戻って、極めて落ち着いた様子で運転を続けている。
「皆さん、無事でしょうか」
「うぅぅ、ああ、なんとか、生きてる」
「それはなによりでしょう」
そう言うテルミは、さっきとはうって変わって、ちょっとスピードは出ているものの非常に模範的な安全運転をしている。
「テルミぃ、お前、安全運転が出来るんなら最初からやってくれよ、死ぬかと思ったぞ」
「さっきはあの場から離れるのが最優先だったでしょう」
だからって、アレじゃまるでカースタントだ。せっかく助けられたってのに、その後に自動車事故で死ぬなんてのは本当にイヤだぞ。
「でも、テルミおねえちゃんって、車の運転ができたんだね」
その俺の横からひょこっと顔を出したケイが口を挟んできた。
あれは、運転というよりは暴走というのではないだろうか。
まあ確かに、あれが全部計算ずくでやっていたのだとしたら、相当なドライビングテクニックだ。
「ホントに、なんでもできるんだね、テルミお姉ちゃんって」
「別に、タネがあることですから、たいしたことはないでしょう」
だが、そこでテルミは変なことを口にした。
タネがあるってどういうことだ?この車、実は遠隔操作で動いているとかいうのか?でもこの車は、テルミが乗りこむまでは、俺をさらった奴らのものだったはずだから、そんな改造をする暇はないと思うんだが。
ただでさえ今日は色々あったってのに、余計に混乱してくる。
「将仁さん、私がHDD内蔵型のテレビだということは、ご存知でしょう?」
ヒントか何かのつもりなのだろうか、運転を続けながら、テルミがそんなことを言ってくる。
うん。確かに、テルミは元々そういうテレビだ。そしてそのHDDの容量もかなり大きい。だから、中には録画はしたがまだ見てないものもあったりする。
でも、それが何なんだろう。もしかしてもう容量が足りないのか?って、それが車の運転とどう関係があるんだ?
「HDDに取り込んだ映像は、再生するとスクリーンに画像となって現れる、これは、録画の基本原理でしょう。ですが、今の私は、「画像を映すスクリーンを出すこと」と「HDD内のデータを再生すること」を別々に行うことができます。そうなると、どちらか片方だけを行った場合にどうなるか、が気になるでしょう?」
なんか、禅問答みたいになってきたぞ。ええとつまり、テレビを点けないで映画を再生したらどうなるかってことなんだろうか。普通のテレビだったら、ただ単に映らないだけだが、わざわざ言うってことは、どうやらそうではないらしい。
「試してみたところ、画像データの再生のみを行った時、データの内容が私自身に再生されることが判ったのでしょう」
テルミは、事も無げにそう答えた。
最初は、その意味が良く判らなかった。だが、改めてよーく聞いてみると、これがまた実にとんでもない話だった。
簡単に言えば、テルミは、彼女の中で再生している映像の人物に、完全になりきれるらしいのだ。しかもそれは、最終的にやることは変えられないものの、技術的なところまでなりきることが出来るらしい。
たとえば料理番組を再生した場合、作る料理のメニューは変えることはできないが、作る量を2人前から3人前にしたり、作る手順を状況に応じて変えたりすることは出来るそうだ。
それだけならただの万能ですむが、どうやらテルミは、映画の登場人物のような現実離れした技術の持ち主にもなりきれてしまうらしい。たとえばさっきのもの凄い運転も、超凄腕のドライバーが主人公である映画の、まさにカーチェイス中の主人公になりきった結果なんだそうだ。
つまり、テルミは、何年もかけてやっと身に着ける経験と技術を、映像さえあれば一時的とはいえ瞬時にものにしてみせるのだ。
すごく羨ましい。
「もっとも、欠点もあるので、過度に期待されても困るのでしょう」
なんて謙遜してみせるが、その「欠点」とは「なりきるので、人格まで変わる」「人間の女性が物理的にできないことはできない」「再生が終了もしくは中断した場合、なりきりも中断する」などといった、メリットに比べるとそれほど驚くほどのことはないものだ。
なにしろ、言い方は悪いが、うちの擬人たちは、道具に人間の能力を上乗せしているわけだから、デフォで人間離れしているのだ。それに比べればテルミの「超なりきり」の欠点は、制御できる多重人格って感じだからまだ人間らしく感じられる。
今はとにかく、その能力が悪用されないことを祈るだけだった。