13.ついに実力行使 その12
「出口だっ!」
それからどうやって走ったのか。俺は、なんとか敷地の出入り口にたどりついた。
所々崩れ、スプレーでなにやら書き殴られた古い門柱の間をくぐり抜ける。
そこは、アスファルトで舗装された道路だった。もっとも、舗装されているとは言ってもすでに網目状の亀裂が走り、ガードレールもさび付いた、かなり寂れた道だ。
すでに日はとっぷり暮れている。
「はあ、ふう、ま、将仁サン、やぱり足速いアルな」
少し遅れて、息を切らせた紅娘が追いついた。
「大丈夫か?」
「わ、ワタシのことは、心配無用アル。それよりっ」
肩を貸してやろうかと差し伸べた手を払いのけると、紅娘は鍋を手に後ろを振り返る。
はたしてそこには、こっちに迫ってくるいくつかの人影があった。
「ホント、しつこいアルな!」
怒ったような口調でそう吐き捨てる紅娘。
そしてひとつ大きく息を吐くと、手に持った鍋を高々と降り上げ、たんっと踏み出し、そして空中でくるりと身を翻すと、腕の振りにその回転を加えて、鍋を投げつけたのだ。
回転を与えられた特大の中華鍋が、フリスビーのように弧を描いて飛んでいく。
ごわんっ。
そして鍋は、狙いすましたように追っ手の一人に横から命中しそいつをぶっ飛ばす。なおも勢いの衰えないその鍋は、まるで操られたかのように飛び、合計4人をなぎ倒した後に紅娘の手へと帰ってきた。
その嘘のような光景に、残った追っ手の足がぴたりと止まる。
プーッ、プップーッ。
それを見計らったかのように、今度は車のクラクションが聞こえた。
そっちを見ると、見たことのある白いバンが、その出口のところに停まっていた。それは、あろうことか俺をさらった連中が乗っていた、あの白いバンだった。
まずい。あいつ等、外にもいたのか。
とっさに回れ右をしたときだ。
「将仁さん!」
後ろから、聞き覚えのある女の声がした。
もう一度回れ右をすると、そのバンの運転席の窓から身を乗り出して懸命にこっちに手を振る人影が見えた。
不思議なことに、その人影は、メイド服を着ていた。
「将仁さん、早く乗るのでしょう!」
「て、テルミ!?」
そう。運転席から身を乗り出しているのは、なんとテルミだったのだ。
「なんでお前が」
「議論は後、乗ってくれないと発車できないのでしょう!」
「そうアル、急ぐヨロシ!」
色々つっこみどころはあるものの、今は確かに一刻を争う。せかされるまま、俺は横のスライドドアに手をかけると、中へと飛び込んだ。
「将仁さん確保!紅娘、合図を!」
「了解アル!」
俺がワゴンの中に腰を落ち着けようとした時に、テルミは紅娘とそんなやり取りをしているのが聞こえた。
見ると、俺達に背を向け、左手に中華鍋を持ち、右手に持ったお玉をくるくる回す紅娘がいた。
「行くアルヨーっ!」
そしてお玉を高々と振り上げる。って、もしかして。
とっさに耳を塞ぐ。予想通り、紅娘は中華鍋をお玉でぶっ叩いた。しかも、この前は軽くだったのに対し、今回は思いっきり叩きやがったのだ。
だが、その割には音が小さい。はて?と思って覗き込んでみて、その理由がわかった。
どうやら、あの音波兵器には指向性が、つまり決まった方向へ強く響く傾向があるようだ。その音をモロに聞いたらしい、俺を追いかけて来ていた連中は、みんな揃って耳を抑えたままぶっ倒れて悶絶していた。
その俺を押しのけて、紅娘がワゴンの中に飛び込んでくる。
「皆さん乗ったでしょうか!?では、シートベルトを締めるのでしょうっ!」
その途端、運転席に座ったテルミが妙に慣れた手つきでレバーを入れると、車のエンジンが大きく吼えた。
ワゴン車の後部座席にシートベルトなんかあるのか?と思ったら、二点式の本当にベルトみたいな奴があった。
そのベルトをカチッと締めた直後、俺達を乗せたワゴン車はもの凄い勢いで夜の山道へと飛び出していった。




