13.ついに実力行使 その11
しかし、建物の外に出たからといって、すぐに逃げられるわけでもない。
俺のために囮となって引き付けてくれている2人のためにも、俺は一刻も早く逃げるべきなんだが、なにしろ廃工場だ。ただでさえ日が沈んであたりが見えにくいのに加え、人の手が入らなくなって草ぼうぼうの荒れ放題。そこに、放置されたポンコツの自動車とか、さび付いて動きそうもない工作機械とか、廃材の固まりみたいなものとかがまるで障害物のように放置されていて俺を邪魔する。
それに加えて、敷地内にはほかにも何棟か建物が建っていて、どっちに行ったら良いのかがよく分からないのだ。
とにかく、立ち止まったらいけないと思い、闇雲に走り回る。
だが、まずいことに袋小路に追いつめられてしまった。振り向くと広々とした道を伝って結構な数のバカどもが迫ってくる。後ろは金網のフェンスだが、穴でもあいているのか金網があるところにはさび付いたトタン板が括りつけている。錆びたトタンの端はノコギリみたいになっているから、触ったら手を切ってしまい痛いどころではない。そして左右のフェンスと建物の間には隙間があるが、幅は1mもないのでそこを走って逃げたら回りこまれたりしそうだ。
全く、鏡介とシデンが引き付けているはずなのに、一体何人いるんだ。
ごめん、ケイ、鏡介、シデン。助けてもらったけど、俺、これ以上は逃げられないみたいだ。
そう覚悟したときだ。
ぶおおおおおおおん!
背にしたトタン張りフェンスのむこうから、高らかな爆音が響いた。
そして。
そのフェンスを飛び越え、俺の頭上に何かが飛び出して来た。
見上げた時に見えたそれは、1台の見たことがあるような気がするバイクだった。
「加ぁぁぁぁ油ぉぉぉぉ!」
そして、変な声が聞こえた。何事かと上を見上げた時、そのバイクから、何か丸い大きなものがうなりを上げて飛び出した。
大きな弧を描いて飛ぶそれは、狙い済ましたように俺を追いかけていた奴のほうへと向かって行き、何人かを次々となぎ倒し、そして追い散らす。
ほぼ同時に、そのバイクから人影が飛び出し、俺の近くに降り立った。そしてそいつが右手をすっと掲げると、さっきバイクの上から飛び出した丸い円盤のようなものが、まるで磁石に吸いつくようにぴたりと受け止められた。
まるでスタントの1シーンだが、そのスタントをやってのけた人物を見て、俺はまた度肝を抜かれた。
「中華美姫紅娘、推参アル!」
「ほ、紅娘!?」
そう。バイクから飛び降りたのは、見紛うことなき紅娘だった。となると、あの丸い円盤は、いつも背負っているあの中華鍋か!?
だがそんなことを考えているうちに、むこうが復活してきて、倒れた奴を起こそうとしている。
そしてなにより、囲まれているのは変わらないのだ。ここから逃げるとなると、後ろの壁を飛び越えるか、もしくは正面突破をするしかない。
それが判っているのか、俺の前に立つ紅娘は、盾のように中華鍋を左手に持ち、お玉を剣のように持って、俺を庇うように身構えている。
その時だ。
どしぃん!
俺から見て正面、追う連中の後ろから、地面が揺れるような鈍い音がした。
見ると、そこに立っていた電信柱が揺れている。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃああああああああああぁぁぁぁぁ!」
そして、女声の雄叫びが響き渡ると。ばきばきばきばきっという破砕音と共に、その電信柱がこっち目掛けて倒れてきたのだ。
その重さに耐え切れず、電線がブチンブチンと切れていく。すでに通電はしていないようで、映画のように火花が飛ぶことはないが、それでもこれはシャレにならない。
「うわああぁあぁああああぁああぁぁぁああぁあああ!」
さすがに下敷きになったら下手すりゃ全治何ヶ月だから、蜘蛛の子を散らすようにみんな逃げていく。
だがそれはこっちも同じだ。なにしろこっちに向かって倒れてくるのだ。
「どぅわああああ!」
逃げようとしたが、足がもつれてしまい、そこですっ転んでしまった。
その間にも、電信柱はこっちに向かって倒れてくる。
ヤバイ。これでは下敷きだ。全治何ヶ月だ。
と思ったんだが、いつになっても倒れた音がしない。
「よう、待たせたな」
そこに、聞き覚えのある声がした。
見ると、赤いライダースーツに見覚えのあるサンバイザーをつけた女が、目の前まで倒れてきていた電信柱を片手で受け止めていた。
「悪いな将仁、ちょっと道が混んでてよ」
そいつは、サンバイザーを指で突き上げながら、悪びれる様子もなくそう言いやがった。
「お、おい、ヒビキっ!何てことするんだ、俺を殺す気か!」
それは、見紛うことなきヒビキの姿だった。やはりというか、あのバイクはヒビキだったのだ。
「まあまあ将仁サン、結果無事だたからいいじゃないアルか」
「男なんだから細けぇこと言うなって」
そう言って、ヒビキは支えていた電信柱をひょいと横に放った。
どしぃぃぃぃぃん。
そして電信柱が倒れきり、本当に地面が揺れた。
「さて。このあたしが来たからにゃもう心配はいらないぜ」
そう言うなり、ヒビキは迫ってくる連中に向きなおり、楽しそうに指をばきばきと鳴らす。
ヒビキって、こんな凶暴だったっけ。
なんてなことを考えている間に、ヒビキは近くの建屋に近づき、やにわにそこにあるものをぐっと掴んだ。
「おおぉぉぉらああああああぁぁ!」
そして、雄叫びとともにそれを引きずり出した。
ばきばきばきっという破断音、そして崩れ落ちる瓦礫の中から引っ張りだしたそれは、崩れた壁から一部だけ覗いていた、工場を支える鉄骨だった。
「てめえら!死にてぇ奴からきやがれぇ!」
身長の数倍、重さ数トンはありそうな、コンクリートがへばりついたままの鉄骨を頭上に高々と持ち上げ、割れ鐘のような大声でそいつらに向かって怒鳴り散らす。
その姿は、ライダースーツの色も伴って、まるで地獄の話に出てくる赤鬼のようだ。心なしか、角が見えるような感じさえする。
「将仁サン、こっちアル!」
その様に呆気にとられていると、紅娘が腕を引っ張り、建屋とフェンスの隙間に向かって走り出した。