13.ついに実力行使 その10
「待てやコラ~っ!」
俺の後ろを、懐中電灯を手に何人かの男が追いかけてくる。
そして俺は、そいつらが振り回すその懐中電灯がアトランダムに照らす一瞬の光景を頼りに、とにかく必死になって走っていた。
あれだけ派手に逃げ回っていた鏡介だが、やはり全員を引き付けることはできなかったらしく、何人かが俺を追いかけてくる。
逃げるのはまあ、あっちが銃を持っているとかじゃないし、よく映画にあるトラップとかもないみたいなので何とかなる。
それより。
「お兄ちゃん何してるのよぉ!せっかく鏡介お兄ちゃんがおとりになってくれているのにぃ!」
「ちょっと黙ってろ!」
右手の中でやいのやいのと騒ぎ立てるケイの存在が、ちょっとだけ鬱陶しくなりつつあった。
なにしろ、ケイのことを握りしめながら走り回っているので、常に片手が塞がっているのだ。
そして意外にも、片手が使えないのは動きづらい。なにしろ塞がっている手ではどこにも捕まれない。屋外ならまだましなんだろうが、建物の中、しかも使い方が判らないのにやたらに大きな機械とかが放置されていて、見通しが悪いのもあって、まるで迷路だ。
だがそれでも、俺はなんとか、トラックが通れそうな通用口の前にたどりつくことができた。
しかし敵もさるもの、その出口の前に3人ほど待ち構えている連中がいた。一体何人いるんだ。
「てめこのおおおお!」
俺に気がついたそいつらが、またも懐中電灯やらなんやらを手にこっちに向かってくる。
相手が多いし、武器を持っているので、正面突破は厳しい。だがいままで来た道を引き返すのは色々とまずい。逃げる途中で、片手を空けるためにモップの柄を捨ててしまったのが、今になって悔やまれる。
ふと横を見ると、長さ2mほどの木の丸棒が数本、鉄柵のむこうに放置されているのが見えた。加工に失敗したものだろうか。
「ケイ、ポケットに入れるぞ」
「え?」
「両手をあけるからポケットに入れるぞ」
ケイはまだよく判っていないようだったが今は一刻を争う。ケイを折りたたんでそのまま内ポケットの中に滑り込ませ、そして一番まともそうな棒を掴むと、その先を向かってくる奴らに向けた。
「おおおおおらああああああ!」
そして、走り出した。
戦国時代の合戦で槍を手に突進する雑兵みたいだと、自分で思った。
だが、これはあっちを蹴散らすためではない。
あと3mほどで互いが交差するというところで、俺は、床のある1点目掛けてその丸棒を突き立てた。そこには、床のコンクリートが割れてできた、隙間があったのだ。
棒の先がうまいことそこに引っかかる。その勢いに乗り、俺はその棒をしっかり掴んだまま、渾身の力で右足を踏み出した。
ふわっと、自分の体が浮き上がる。そして俺は、棒高跳びの要領で体を上へと跳ね上げた。
俺の真下ギリギリのところを、正面から向かってきた3人がスローモーションのように通り過ぎる。
そして、俺は見事にそいつらの頭上を飛び越えた。いつものカーボンファイバーの棒と違ってしならないので、うまく行くとは思わなかったが、やれば何とかなるもんだ。
だが、そこからがまずかった。
どうっ!
棒高跳びのくせが出てしまい、背中からコンクリートの上に落ちてしまったのだ。
「ぐふ!?」
その衝撃に息がつまり、頭が真っ白になって体が動かなくなる。
「お兄ちゃんっ!?な、何があったのっ!?」
ポケットから聞こえるケイの声に我に返り、頭をあげる。と、さっき俺が頭の上を飛び越えたやつらが、急ブレーキをかけてこっちにとって返してくるのが見えた。
「まずいっ」
逃げなければ。頭ではそう思っても、今のダメージのせいで足が素早く反応してくれない。
くそ、こうなるなら、受身をもっと練習しておくんだった。
そう思いながら、まだ微妙にふらつく足で立ち上がろうとした、そのときだ。
「いてえええっ!!」
「ぎゃあああああっ!」
俺の少し前まで迫っていたそいつらが、何の前触れも無くいきなり悲鳴をあげてひっくり返った。
よく見ると、そいつらの体に、何か細長いものがいくつも、しかも上のほうから刺さっている。
「じょうかあああああああんっ!ぶじかあああああっ!」
その直後、今度は頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。
そして顔を上げる間もなく、その声の主が俺の前に降り立った。
袖や袴の横に大きく日の丸が描かれた女物の深緑色の羽織袴、肩で切りそろえたおかっぱ頭、そして頭のてっぺんから背中に流した一房の銀色の髪。
言うまでもない。シデンだった。気合を入れてきたのだろうか、白地にくっきりと日の丸と必勝の文字が描かれたハチマキを頭に巻いている。
「うむ、間に合ったようだな」
そのシデンは、俺の前で偉そうに腰に手をあててふんぞり返る。どうやら、俺の危機を救ったことで得意になっているらしい。
「ああ、助かった・・・・・・ん?」
だが、その羽織の袖、ちょうど手首のあたりに、何か見覚えのない機械のようなものが装着されているのが見えた。小さな缶ジュースの缶のようなそれは、最初は何かの装飾品かなと思ったのだが、それにしては見栄えがせず、またそこからは鉛筆ほどの太さの短い筒が生えている。
「なんだその、手首についているのは」
そんなことを聞いているような状況ではないのだが、気になってしまったので聞いてみる。
「機銃だ。残念ながら20mm口径ではないがな」
それに対し、シデンはそうさらりと、しかし恐ろしいことを言ってみせた。
「き、機銃だあ!?」
「戦闘機に機銃の一つや二つ、搭載されて当然であろう」
驚く俺に対し、シデンはさも当然といった様子で言い放つ。ってお前は、確かに元ゼロ戦だけどそれ以前にラジコンだろうが。
だが、それを突っ込もうと思ったところで、逆に押しのけられてしまった。
「来たぞっ!」
言われて振り向くと、確かに工場の中から、さらに何人かの男が飛び出してくるところだった。
そこで、シデンは片膝をつき、そいつらを睨みつけ、両手を大きく広げた。
「上官ッ!ここは我が引き受けるッ!早々に逃げるのだッ!」
そして、一瞬だけ俺に顔を向け、そう叫ぶと、すぐ正面に向き直る。
「中嶋紫電、御相手仕るッ!」
そして、叫んだ。
すると、左右の手首に括りつけられたその装置の先から、何か細長い物が凄い勢いで飛んでいったのだ。その様子は、機銃というにはちょっとしょぼく、ちょうど連射式のエアガンかなにかを撃っているようだ。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
「いだだだだだだだっ!」
そうは言ってもそれなりの威力があるらしく、当たった奴らは腹や足を押さえてひっくり返る。圧縮空気か何かで発射しているらしく、音はそれほど大きくない。
「何をしているッ!早く行くのだッ!」
ひととおり掃射したところで、まだそこにいた俺に顔だけ向けて、シデンが叫ぶ。
「こ、殺すんじゃないぞ!?」
「心配無用ッ、急所は外してあるッ!」
うーむ、ライフルとかみたいなのなら急所を狙えるだろうが、ああいう弾をばら撒くような奴はそもそも狙うこと自体無理だと思うんだが。
「いいから行けッ!!」
だがそれもつかの間、シデンのその一言に圧倒され、俺は思わずそこから逃げ去っていた。