13.ついに実力行使 その7
どうやら俺は、拉致されてしまったらしい。目的は不明だが、心当たりはある。俺を敵と見る例の一団の仕業だ。そのときに、ケイも一緒に拉致られたんだろう。
ちなみに、俺のカバンは見当たらない。拉致られた時に落としたのか、それともどこかに確保されているのか、それは判らない。
とにかく、大人しくしているわけにはいかない。
まず目に付いたのはロッカーだ。映画とかドラマとかだと、ドアの外には大抵見張りがいる。ここは日本だから、まさか銃を持っているなんてことはないだろうが、ナイフ程度なら持っている可能性もあるし、さっきはスタンガンとかも見た。あっちがそれだけ武装しているとなると、素手で挑むのはかなり危険だ。
一番右のロッカーを開けると、ほうきとかちりとりとかモップとかいった掃除用具が入っていた。
その中に、木の柄のモップがあったので、そいつを確保する。
そして閉じようと思って、何となく顔を上げると、ロッカーの扉の裏にあるものを見つけた。
鏡だ。手のひら程度の小さな鏡。
覗き込むと、当たり前だが俺の顔が映る。見たところ、顔に目だった外傷はない。
鏡といえば、思い出すのは鏡介のことだ。あいつは、鏡をのぞくと他の鏡に映ったものが見えて、また鏡から鏡へと瞬間移動ができる。
この鏡に映っているのが、俺ではなく鏡介だったら、非常にありがたいんだが。
「お兄ちゃん、ここがどこか、やっと判ったよ」
そう思いながら鏡を見ていると、長椅子に座っていたケイが口を開いた。
話を聞いてみると、どうやらここは、俺らが住んでいる町から30キロほど外れた山の中にある、使われなくなった工場のようだ。となると、今俺たちがいるのは、そこの更衣室だった部屋、って所か。
「なんか、歩いて帰るのは厳しそうだな」
「うぅ、ケイ、30キロも歩けないよぅ」
しかしまあ、ここがどこかは判った。そして、何もしないで待つことが無駄だということも。
ともかく、この建物から出ればなんとかなるだろう。家は30キロ離れていても、民家のひとつやふたつはもっと近いところにあるはずだ。
「とにかく、ここから脱出しよう」
モップから柄の部分をひっこぬいて手に持つ。ケイは俺を見てこくんと頷いた。
ふと、もう一度さっきの鏡に目が行った。
「全く、俺に鏡介みたいな力があればな・・・・・・」
なんとなくその鏡像に声をかける。そこに鏡介がいるような気がして、ちょっとだけ勇気が出た。
だがその時、俺は鏡の中の像がおかしいことに気が付いた。
俺と同じ動きをしていないのだ。しかも俺はモップの柄を持っているのに、鏡の中の俺は手に何も持っておらす、かわりによくわからない身振り手振りをしている。
そんなことが出来るのは、世界中探しても多分鏡介だけだ。つまり、なんとなくではなく、鏡介は本当にそこにいたのだ。なんともタイミング良く鏡を見ていてくれたもんだ。
と思ったら、鏡介が今度は小さなジェスチャーをする。まず人差し指で俺を指差し、続いて頭ぐらいの何かを置いてからどかすような動きをする。
なんだ?どけってことか?
指示されるまま、俺は不審がるケイと一緒にその鏡の前から少し離れた。
すると。その鏡の表面が俺の目の前で音もなく真っ白い光を放った。
そして次の瞬間、その鏡の前には、見覚えのあるシャツにズボン姿の何者かが、未来からやってきたター○ネー○ーのようなポーズで現れたのだ。
「何スかこのきったねぇ部屋は?」
そいつは、立ち上がってこっちを向くと、拍子抜けするほどの軽い口調で話しかけてきた。
「やっぱりお前だったか、鏡介」
「こんなことが出来るのは俺ぐらいのもんでしょ。それより将仁さん、今日は早めに帰ってくるはずじゃなかったんスか?常盤さんが、いつになったら帰ってくんのかってやきもきしてたッスよ?」
鏡介は、俺の置かれている状況も知らずにそんなことを言ってくる。まあこいつの場合、それまでに経てくる経緯を全部すっ飛ばしてここに来たんだからしょうがない。
「俺だって帰れるなら帰りたいさ、こんな廃墟で時間を潰す気なんてこれっぽっちもねえ」
「お兄ちゃん、さらわれちゃったの」
その時、今まで俺の後ろで縮こまっていたケイが口を開いた。どうやら、鏡介が現れたことで少し恐怖感が収まってきたらしい。
逆に困惑の声を上げたのが鏡介だ。まあ普通はそうだろうな。
「さらわれたぁ?マジっすか!?」
「こんな状況でウソついたってしょうがねぇだろ。ケイが調べてみたところ、ここはうちから30キロ離れた山ん中にある工場跡なんだと」
30キロ、と言われて鏡介もちょっと驚いたらしい。
「そりゃまた、随分と遠くまで来ましたねぇ」
「しかも、多分俺をさらってきた連中が外にいるかもしれない。こんだけ喋って誰も気が付かないって所を見るとそんなに近くにはいねぇのかもだけど」
ケイがこくこくと頷く。
すると、鏡介はさっき自分が出てきた鏡を覗き込みはじめた。
「何やってんだ?」
「近くにある鏡からあたりを探っているんですけど、えー・・・・・・5人まで確認できました」
なるほど。鏡介は、他の鏡に映ったものが見えるからな。でもまあ、工場の建屋にはあまり鏡はないような気がするし、そもそもここは廃墟だから、鏡どころかマトモに残っている器具自体ほとんどないだろう。
だが、今は、自分の身の安全が最優先だ。
「まずは、なんとかしてこっから脱出しなきゃ、だ」
と、口では勇ましいことを言ってみるが、正直、敵のことが判らないので動きようがない。あっちが2人とか3人とかだったら正面突破もありえるが、多分もっといるだろうし。
「将仁さん、警察には連絡したんスか?ケイちゃんがいるってことは、110番できるんじゃないんですか」
すると、鏡介がもっともなことを言ってくる。
「いや、まだだ。ここは電波状態が悪いし、警察沙汰になったらお前らに迷惑が掛かるだろ」
すると、鏡介だけじゃなくケイまで驚いた顔をした。
「ええっ!?だからケイに110番を止めさせたの!?」
「俺達のことより、将仁さんの身の安全が大事じゃないスか!」
そして2人してこんなことを言ってくる。
「だって俺達は、将仁さんあっての存在なんスよ!?俺らより自分の身を案じてください」
「ケイはお兄ちゃんのためだったらなんだってできるもん!」
「それでお前たちに何かあるのが、俺は嫌なんだよ!」
思わず大声を出してしまった。
この前、こいつらが人の姿でなくなった時、俺は今までにない、そして二度と経験したくない喪失感を感じた。多分、あれが、家族を失ったときに感じるものなんだろう。
「俺は、お前たちを家族みたいに大切に思っている。お前たちが俺を大切に思ってくれているようにな」
だから、俺は、あんな喪失感は二度と感じたくない。
「お兄ちゃん・・・・・・」
ケイが、驚いたような嬉しいようななんともいえない表情をする。
その横で、鏡介は何か眉をひそめて考え込んでいる。何かまずいことを言っただろうか。
「わかりました」
そんな心配をしていると、その鏡介が口を開いた。
「鏡介お兄ちゃん?」
「将仁さんの言いたいことは判りました。でも、俺達同様、みんなも将仁さんのことを心配しているんスよ。ですから俺は、これから一旦家に帰って、状況を報告してきます」
「ねえ、鏡介お兄ちゃん。お兄ちゃんのこと、一緒に連れて帰れないの?」
すると、ケイが冴えたことを言った。そういえばそうだ、鏡介は瞬間移動ができるんだから連れて行ってもらえればいいんだ。
「あー、それは・・・・・・」
すると、鏡介は妙に申し訳無さそうな顔をして、ぼりぼりと頭を掻いた。
「もしかして、できないのか?」
そう聞きなおすと、鏡介は頷いた。
「この前、試してみたんスよ。着ている服とか、手に収まるものとかだったら一緒に移動できるんスけど、手提げ袋とか人とかでかい物を持っていると、引っかかって入れないんスよ」
うーん、そうなのか。まあ確かにああいうヒーローは戦闘時とかに大抵身一つかせいぜい防護服を身につけるぐらいだから、そういう意味じゃそれが当たり前なのかもな。
「そうか・・・・・・」
しかし、そうそううまく行くとは思っていなかったが、断言されるとやっぱり残念だ。
・・・・・・いや、ちょっと待てよ。
「おい、鏡介。手に収まるものだったら、大丈夫なんだな?」
「あ、はい。DVDのケースぐらいの大きさまでなら」
「じゃあ、こいつを連れて行ってくれ」
そう言いながら、俺はケイを鏡介の前に押し出した。
「え、ええっ!?」
すると、ケイは驚いた表情をする。
「ケイは携帯電話になれる。そのぐらいの大きさだったら持って移動できるだろ」
「あ、まあ、試したことはないスけど、多分」
「だったら話は早い。ケイをつれて帰ってくれ」
「そんなぁ、お兄ちゃん、ケイがいちゃダメなの!?」
ケイが半べそになってしがみついてくるが、俺は心を鬼にしてケイのことを引き離す。
「脱出するなら、身軽なほうがいい。お前はここから逃げることができるんだから」
両肩に手を置き、ケイの顔をじっと見ながら、諭すように言う。
「えうぅぅ」
「頼む、判ってくれ。お前を護りながらだと、それだけ大変になるんだ」
ケイは、唇をぷるぷるさせて泣き出しそうな顔で俺を見ていたが、やがてこくんと頷いてくれた。
「よし、いい子だ」
笑顔を見せて頭を撫でてやると、ケイは半べそながらも笑顔になってくれた。
そして、ごしごしと目をこすると、ぴょんっと飛び上がって空中で丸くなる。次の瞬間、ケイが光に包まれると、携帯電話に変わって落下する。
それを地面に落ちる前にキャッチする。
「じゃ、鏡介。頼む」
そして、その携帯電話を鏡介に手渡した。
「確かに預かりました。10分待ってください、報告して戻ってきます」
「10分、か」
「10分です。だから、軽はずみなことはしないでください」
「ああ、判ったから心配すんな」
その時、鏡介の手に収まっていた携帯電話がぶるるっと震え、ひとりでに開いた。
「お兄ちゃん、無茶しちゃダメだからね?お兄ちゃんはすぐ無茶しちゃうんだから」
その画面にケイの顔が現われ、スピーカーからケイの声がする。今は、その一言がとても心強かった。
「さ、ケイちゃん。行くよ」
鏡介がその携帯電話に声をかけ、ぱたんと閉じる。
「じゃ、行ってきます」
その手に持った携帯電話を握り締めると、それを俺に見せて、ふっと笑ってみせる。
俺がかっこつけた笑みを浮かべるとこんな感じなんだろうか。かっこいいような悪いような、なんか微妙な感じだ。
なんてなことを考えている前で、鏡介の姿が光に変わると、出てきたロッカーの鏡へと消えていった。