13.ついに実力行使 その6
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「・・・・・・きて、お兄ちゃん・・・・・・」
誰かが俺をゆすってくる。目が覚めると、俺は薄暗い部屋の中にいた。
「おにいちゃぁん!」
その俺の目に、ケイの顔が映った。ほっとした顔をしている。
「ってて・・・・・・」
「大丈夫、お兄ちゃん?」
体を起こすと、どこかにぶつけたのか、色々なところに鈍痛が走る。思わず顔をしかめた俺の体をケイが支えてくれた。
大丈夫だと答えつつ、まわりを見渡す。
広さは、ざっと見て6畳程度。床は砂埃で汚れている。部屋の出入り口は、ドアがひとつだけ。明り取りの小窓があるが、意外に高い天井のぎりぎりにあるのでちょっと届きそうにない。
他には、いかにも古そうな、表面の破れた長椅子が部屋の真ん中に横たわっており、壁際に、縦長のロッカーがいくつか並んでいる。今はその表面にスプレーで卑猥な言葉や意味の判らないアルファベットの羅列といったものが描かれている。
どうも、どっかの廃墟らしい。
床から立ち上がると、ケイはそのまましがみついてきた。
とりあえず、ボロい長椅子に腰掛けると、俺はケイに聞いてみた。
「ケイ、ここは、どこだ?」
「わかんない」
だが、ケイは申し訳無さそうに首を左右に振る。
「うううぅ、どうしよ、どうしよう」
不意に、ケイの声が震えだした。声だけではない。全身が、がたがたと小刻みに震えている。今になって、怖くなってきたらしい。
その震えを感じた時、俺は覚悟を決めた。お兄ちゃんとして、ケイのことを守らなければと。
「とにかく、じっとしててもダメだ。助けを呼ぶか、もしくは自力で脱出するか、何か行動を起こさないとな」
「こ、行動って、ななな、何をすればぁ」
「まずは、電波状況だ。電話が繋がるようなら助けを求める。ダメなら、自力で脱出する」
「で、電波、電波・・・・・・って、どうしよう」
ケイの奴、かなりテンパってる。俺は、ケイを落ち着かせるため、ケイの両肩に手を置き、その両目を見つめた。
「落ち着け、お前は携帯電話だろう?だったら、通話できるかどうかぐらい、判るはずだ」
「あ・・・・・・」
それで少し落ち着きを取り戻したらしいケイが、こくんとひとつ頷いた。
今回は、ケイが人の姿のままだったことに感謝した。もしこれが普通の携帯電話だったら、真っ先にぶっ壊されていただろうからだ。
ふと、そのケイの左額にかかるアホ毛が目についた。そういえば、ここの毛のハネ具合で、電波状況も判るんだ。そのことを今更思い出し、改めてそこを見ると、1本目がひょこひょこと跳ねたり寝たりしている。
なんかその光景が、緊迫した今の状況にあまりにそぐわないので、少しおかしくなってしまった。
「えと、電波は弱・・・・・・お、お兄ちゃん?」
今度は、ケイがいぶかしむような声を出す。どうやら顔に出ていたらしい。
「え、えーと、じゃあけいさ・・・・・・」
気を取り直して表情を引き締め、俺はケイに110番させようと思った
が、思い直す。圏外ぎりぎりというこの電波の強さで、はたして繋がるだろうか。
それに、警察沙汰になったとしたら職務質問がされるだろうし、そうなるとうちの擬人化たちのことも色々探られて面倒なことになりそうだ。
ここ数日、ただでさえ結構面倒なことになっているんだから、これ以上ややこしくしたくない。
「警察?警察って、110番だよね、えっと」
「いや、ちょっと待て。ここからじゃ、電波が弱すぎる」
「でも、まったく駄目なわけじゃないから、頑張れば」
「頑張るってことはそのぶん疲れるってことだろ。体力は残しておいたほうがいい」
電話ってのは通話をするもので、特に電波状況が悪いところだとあっというまに電池を消耗してしまう。特にケイの場合、多分だが電池が切れたら気絶しちまうだろうから、余計に危険だ。無理はさせられない。
それに、警察に電話したとしても、ここがどこか判らないことには助けに・・・・・・ん?
「そうだ、ナビサービスとかで、周辺の地図とかは探れないのか?」
「・・・・・・あ」
携帯電話のナビサービスのことを思い出してケイに聞いてみると、ケイは今思い出したような、ちょっとばつの悪い顔をした。パニックになると当たり前のことまで思い至らなくなるというが、今のケイの反応なんかはまさにそのまんまだ。
それはそれとして。まずはここがどこなのか、ケイに調べてもらうことにした。ずっと通信し続けなきゃならない通話より、情報をやり取りする瞬間しか通信しないデータ収集のが、まだ時間はかからないから、消耗も少ない、と思う。
そしてケイがその通信に取り掛かっている間に、俺はその部屋の中を物色し始めた。