13.ついに実力行使 その4
後ろ髪を引かれつつ、昇降口へと向かっていると。
「真田将仁ーッ!」
突然、女の声で名前を呼ばれた。
何事だ?と振り向いたとき。
「あでっ!?」
俺の顔に、何かが飛んできてぶち当たった。結構いてぇ。
「なんだなんだ?」
振り向いて、床に落ちた俺の頭にぶち当たったものを見る。
そこに落ちていたのは、半分ほど開いた扇子だった。
誰だ、こんなところでこんなイタズラする奴は。って、うちの学校で扇子持ち歩いている奴なんてあいつしかいないか。
「何処へ行こうというのかしら、真田さん」
顔を上げると案の定。まわりに取り巻きを引き連れた金髪縦ロールが、ふふんといった感じで立っていた。手にはいつもどおり扇子を持っている。どうやらいくつも予備を持っているらしい。
横をちらっと見ると、ちょっと離れたところに、腕組みして壁にもたれかかる迅がいる。相変わらず付き合わされているらしい。
「お前、いきなり人のツラに扇子ぶつけるたぁどういう了見だ!?」
「ふふん、振り向くから顔に当たるのですわ」
「そんなの、名前呼ばれりゃ振り向くに決まってんだろ!」
「あら、貴方にもその程度の常識はおありでしたのね」
「それを言ったら、いきなり人に扇子投げつけるてめえのセンスのほうが非常識だろうが」
認めたくないが、なんかそろそろ定番化しつつある口論を、つい繰り広げてしまう。
「だいたいお前、そんなにヒマしてていいのかよ?」
「それは貴方も同じでしょう。この大事な時にどこへ行こうというんですの!?」
「それは俺のプライベートなこったろーが!」
「はん、プライベート?そんなものあなたに許されるわけがないでしょう!」
「なんでだよ!」
「当然でしょう、あなたは将来、私の元に仕えるのですからね!」
「勝手に決めんじゃねぇ!お前が俺に仕えるんだったら考えなくもねぇがな!」
俺、なんでこんなことをしているんだろう。常盤さんはもと時計だけに時間にうるさいから、早いトコ帰りたいんだが。
ちゃーちゃーちゃららら、ちゃっちゃちゃー。
ポケットで携帯電話が鳴る。このコール音はケイからだ。いつもだったらちょっと邪魔くさいときもあるんだが今日は非常にありがたい。
やかましく噛み付いてくるクローディアを無視して携帯電話を取り出す。
「はい、もしもし」
「んもぅ、お兄ちゃん?早く帰ろうよぉ。お兄ちゃん、早く帰らないと、常盤さんに怒られちゃうよ?」
「俺だって帰りたいよ、でも因縁つけてくる奴がいるんだもんよ」
「えー、そんなのほっとけばいいじゃーん」
「俺だってそうしたいけど、あいつしつこいんだもん」
「ちょっと、しつこいってどういうことですの?」
すると今度はクローディアが口を出してきた。
「わってお前、人が電話してる時に首突っ込んでくんなよっ」
「あ、あなたこそ、この私が話している時に、どこの馬の骨とも知れない輩との話を優先させるなんてっ!」
うーん、怒らせてしまった。まあこいつだったら当然だろうが。なんてのん気に思ってたら。
何を考えたのか、クローディアは携帯電話に向けて手を伸ばしてきたのだ。
「うわっ!?」
普通の電話ならともかく、この携帯電話は渡すわけにはいかない。なぜってそりゃケイ本人だからだ。
「寄越しなさいっ!電話なんかっ、おやめなさいっ!」
「ちょ、何すんだっ」
よっぽど気に食わないのか、クローディアは懸命になってその携帯に手を伸ばす。
そうなると、自然に体と体が触れ合ってしまう。さすがハーフ、なかなかに悩ましい体をしている。というのは半分本気だが、じっくり堪能してはいられない。だってケイの前でそんなことをしたら後でスケコマシだ何だと言われるのは目に見えているし、他の連中の目もある。
ちなみに、そのケイはといえば。また振り回されて「気持ち悪い」と言ってる。
「私の言うことを、聞きなさいッ!」
「でえいっ、やめねぇかっ!」
「きゃっ!?」
その次の瞬間、俺が吹っ飛んでいた。そのまま後ろの壁に背中をしたたかにぶつけ、目の前が一瞬真っ白になる。
視界に色がついたとき、そこに見えたのは、微妙に混乱した表情で迅に抱えられたクローディアの姿だった。どうやら俺は、クローディアを振り払おうとした瞬間に、迅に吹っ飛ばされたらしい。
「じ、迅!?あなた、私のボディーガードなのでしょうっ!?どうしてもっと早く助けに入らないんですのっ!?」
我に返ったクローディアは、すっくと立ち上がるや、今度は自分をさっきまで支えていた迅に矛先を向けた。
「真田があんたを傷つけようとしているようには見えなかった」
迅は、それに律儀に答えている。その答えが気に入らなかったらしく、クローディアが迅にぎゃんぎゃんと説教をする。まったく、律儀に答えても適当に答えても怒鳴られるたぁ災難だなと思う。
だが、おかげでお嬢様の注意は迅に向かっている。今なら、お嬢様につっかかられる事無く、この場を去ることができそうだ。
そう判断した俺は、心の中で迅に感謝しつつ素早く鞄を拾い上げると、そのまま昇降口へとダッシュした。
後ろでクローディアの取り巻きらが声をあげるが、その時には俺は下の階への階段を飛び降りていた。