12.忘れていた学校行事 その20
「うっわ、ほんまえげつないことしてはるなぁ」
その光景を、家の外から見ている影があった。
その数は5つ。それぞれが、家の中の住人と比べても劣らないほどに目立つ格好をしており、そして普通では人が容易には居られない場所にいる。
不思議なことに、彼らがいる位置からでは中の光景は見えないはずなのに、まるで中の様子が見えているかのように会話が続いている。
「うち、ちいとばかし気の毒になってきたわ」
その中の一人、窓の下にわずかに飛び出した屋根の上に座り込んだ、染めたように黄色い髪の人物が口を開く。中国の道士が着るようなだぶだぶの黄色い服を身につけ、前に円錐状の角が生えた緑色の四角い帽子を被り、親指ほどの太さの琥珀色の丸棒を抱えている。
「主に対する忠誠心の欠片も無く、それどころか時に害をなす、か。御せぬ主にも問題があるようだが」
こう答えたのは、人が乗ったらそれだけで折れてしまいそうな庭木の枝の上に平然として立つ人影だった。その体は、古代中国の武将を思わせる青緑色の甲冑で覆われ、目元あたりを隠す同じ色の仮面には、左右端の生え際あたりに角のような飾りが生えている。
「ってことはさ、りゅーじゅ。おれたちにつごうがいいってことじゃないか?あっちはなかがわるいんだろ?」
そこに、2階の屋根の上から上体を乗り出した人影が言葉を続ける。黒い髪はいかにもやんちゃそうに乱れ、乗り出した上半身に細く黒い帯を何度も巻きつけたその背中には、海亀のそれを思わせる大きな甲羅が背負われ、そして屋根の端からぶら下げた手には先端が銀色に輝く槍のような物を持っている。
「そう決め付けるのは、早計ですわね、玄水」
それに辛らつな口調で答えたのは、塀の上に立つ人影だった。一見すると、炎をあしらった金色の模様がきらきらと輝く振袖を着崩した妙齢の女性だが、その髪は染めたように赤く、そしてそれが複雑に束ねられたり絡み合ったりして、真っ赤な冠のようにも見える。
「なんだい、炎雀。揚げ足でも取ろうってのか?」
声をかけてきたのは、電柱のてっぺんに猫のように座りこんでいる、銀色というより研いだ刃物のような色をした髪をヤマアラシのように逆立てた人影だった。筋肉質だが女性的なラインを併せ持つ体にはさらしを巻いて法被を羽織り、その上から金属的光沢を放つ縄のようなものでたすきがけをしている。
「全く、品のない外野は黙っていてくださらない?」
「なんだとぉ?」
「あら、聞こえませんでしたの、虎鉄さん?あなた、お耳が遠いようですわね」
「へん、どこに耳があるかわかんねぇような奴に言われたかねぇや」
「あらあら、今度は目まで悪くなりましたの?」
すると、虎鉄と炎雀が恒例の言い争いをはじめる。
「またやってら。よくあきないな」
それを、屋根の上に寝そべりながら、玄水が呆れたように眺めている。
「いいや、それはちゃうで、玄水。古来より、ケンカするほど仲がええっちゅうやろ。炎雀はんも虎鉄はんもああやって親交を深めてんねんで」
「いいかげんなこと言うんじゃねぇ!こんな鳥目鳥頭な奴と親交なんざ深めたくねぇや!」
「なんでこの私が、こぁんな品位の欠片も無い山猫と仲良くしなければならないんですの!?」
だが、麟土の言葉には同時に反応し同時に麟土のほうを見て、そして同時に再び互いに向き合うと言い争いを続行する。
「ほれ見い、息ぴったりやろ?」
「くはははっ、確かに愉快な見ものじゃのう」
「貴様もそうやってはやし立てるな。だいたい、我等が何のためにここに集っていると思っている」
「うん?何をしにじゃ?」
「それは無論、敵情視察である」
「ほう、それで何か判ったのかの?」
「それがなかなか・・・・・・って、何ッ!?」
そこまで言った龍樹が、我に返ってその声の主を見る。
そしてそこに至って、彼らははじめて、そこに自分たちと別の存在が混じっているのに気付いた。
それは、年のころ5歳ぐらいの、雪のように白い髪の少女だった。身につけているのは、その小さい体に合ったサイズの巫女服のような服。だがその頭には狐を思わせる尖った耳が飛び出しており、腰の辺りにはやはり雪のように真っ白な一房の大きな尾がひょこひょこと動いている。
「なにやら騒がしいと思うて見に来たら、面白い連中が集会をしておる喃」
その狐耳の少女は、腰に手を当てながら、少しつりあがった目であたりをぐるりと見回し、そう言い放つ。
それに最初に反応したのは、電柱の上にいた虎鉄だった。
突然そこから飛び上がると、高さもさることながら結構距離も離れていたその少女の前に、ひとっとびで降り立ったのだ。
「おい、チビスケ。おめえ、どっから出てきた?」
そして立ち上がると、自分の膝丈もない狐耳の娘を見下ろす。
「ふん、人の住まいをこそこそ嗅ぎまわっておる輩に言われたくない喃」
狐耳の少女は、虎鉄を全く恐れる様子も無く見上げる。
「おまえ、もしかして、このいえにすんでいるってうわさの、きつねか?」
次に声をかけてきたのは、自分の周囲に霧をただよわせた、屋根の上にいたはずの甲羅を背負った少年、玄水だった。こちらは、組んだ腕に穂先を天に向けた槍をかかえこみ、そこにしゃがみこんで目の高さを少女と同じにしている。
「ほほう、わらわもなかなか有名になったもんじゃ。いかにもわらわは気孤の魅尾。この家に住んでおる」
「その白い毛並み、やはりそうでしたの」
名乗りをあげた魅尾の横に、着物の裾にオレンジ色の火をまとわせた炎雀が、その火に乗ったようにふわりと降り立つ。
「以前お見かけしたときは狐色でしたので、てっきりただの狐かと思っていましたわ」
「なるほど、我が主の呪が破られたのは、貴様の所為か」
その炎雀の横に、青緑色の甲冑に身を包んだ龍樹が蔓につかまってするすると降りてくる。
「まあ、うちらの存在に気付くっちゅうだけでも驚きやけどな」
最後に、何も無い庭の地面からせり出すように、黄色い服を着て琥珀色の杖を手にした麟土が姿を現す。
「ほんまやったら、うちらの会話はうちら以外には聞こえんはずやし、存在にも気付かへんのに」
そう言いながら、少し目つきを鋭くさせ、手にした杖の先を地面に触れさせる。
「なんじゃ、御主。黄麟のくせに血の気が多いのう」
「な!?」
だが、魅尾のその一言に、麟土は明らかに動揺した。
いや、動揺したのは麟土だけではなかった。龍樹は腕に電光を走らせて腰に下げた剣に手をやり、炎雀は自分の前にかざした両手の中に激しく渦を巻く火の玉を作り出す。
いわば、戦闘体制だ。
「ほほう。御主ら、こんないたいけな幼子にそんな乱暴な態度を取るのかえ?」
だが、その視線の先にいる幼女、魅尾は、動じることもなくそう言い放った。
「そーだぜ、こいつどうみたってガキンチョじゃねーか」
そこに、そこでは2番目に幼く見える玄水が助け舟を出す。
「少しは考えろ、玄水。ただの幼子が我らの正体に気付くと思うのか?」
「そうですわよ。そもそも狐は人をだますもの、しかも同じだますにしても、狸よりもたちが悪いといいますわ」
「案外、その姿も、うちらを油断させるためなんとちゃうんか?」
だが、炎雀と龍樹、そして麟土は警戒を解かない。
「確かに、チビだと思ってなめてかかっていい奴じゃあねえみてえだなぁ」
そして、比較的中立だった虎鉄までが、両手の指を伸ばし、鋭利な刃物に変えて魅尾を見下ろす。
自分たちの正体がばれることに警戒を見せているのだ。
「やれやれ、青龍、朱雀、白虎まで敵愾心丸出し、友好的なのは玄武だけとはのう。五獣も変わったものじゃ」
一方の魅尾は、他人事のようにその状況を見ている。
「しかし、御主ら。こんなところで時間を潰しておってよいのか?」
「あん?」
そして、魅尾のことばに虎鉄がガラ悪く聞き返した、その時だ。
「おい、魅尾見なかったか?」
「え?いないの?」
家の中から、男女の声でそんなやりとりが聞こえてきた。
「ここはわらわが住まう屋敷の庭じゃぞ。こんなぷりちーですいーとなわらわが姿を見せぬとあっては、遅かれ早かれ住人が騒ぎ出すのは当然じゃ」
その言葉に、4人の間に動揺が走る。
「ぷりちーですいーとって、なんだ?」
一人、玄水だけは事の重要さが分かっていないのか、そんな焦点の外れたことを口にする。
「このおバカ!そんなことを気にしている場合ではありませんわっ!」
炎雀がヒステリックな声を上げる。
「さてと、どうする?相手してやっても良いが、今日のお主らは敵情視察が主な役目なのであろ。式神としては、戻らねば役目を果たせぬのではないか?」
魅尾がそう言う間にも、家の中から聞こえる声は徐々に多くなってくる。
「くっ!」
龍樹が忌々しげに舌打ちをし、腰の剣から手を離す。
「引き上げるぞっ!」
鋭い口調でそう言い捨て、自分の裏にある樹を見上げると、地面を蹴ってその枝ぶりの中へ勢い良く飛び込んでいった。そして、そのまま見えなくなる。
「ふん、今日のところは出直しですわっ!」
炎雀は両手を大きく広げながら忌々しげに言い捨てる。その直後、全身が炎に包まれ、それが見る間に手のひらほどに小さくなると、ロケット花火のように天へと消えていった。
「ほら、行くぜ」
「うわっ、てめえ、いてえっ!」
虎鉄が、横にいた玄水の首根っこを掴み、そして地面を蹴って飛び上がった。そのまま、さっき立っていた電柱の上に着地すると、すぐに別の場所へと飛び移り、やがて姿が見えなくなる。
「なかなか、やるやないの」
最後に残った麟土は、魅尾を見てにやりと笑う。
「今日のところは、あんさんの顔を立てて、おとなしゅう引き下がりますわ」
「なに?」
「ほな、さいなら~」
そして、小さく手を振りながら、その場に現れた時は逆に、足から地面の中へと沈んでいった。
そして、一陣の風が吹きぬけた、その時。
「ふぅ、少々緊張してしもうたわ」
魅尾が、気が抜けたように大きく息を吐いた。
間を置かず、庭に面した部屋の大きなガラス窓が開き、一人の青年が顔を出した。
「あれ、そんなところで何やってんだい、魅尾」
その青年が魅尾に声をかける。
「ん、鏡介か」
「鏡介か、じゃなくて。もう雨戸閉めるよ」
「むぅ、少しぐらい待て」
すると、魅尾はてけてけと将仁のところへ走っていき、鏡介の横から家の中にあがりこむ。
「あっ、こらお前土足っ!」
「気付かぬほうが悪いのじゃ~っ!」
だが気付いたときには既に遅く、白い毛玉が通った後には足跡がうっすらと残っていた。魅尾は、裸足だったのだ。
「よっ、と」
しかし、逃げおおせるものではなかった。
リビングから廊下にでようとしたところで、魅尾は襟首をつかまれ、そのまま持ち上げられてしまったのだ。
魅尾を捕まえたのは、ヒビキだった。
「わ、こら、離さぬかっ!わらわは犬や猫ではなーいっ!」
さすがに逃げられない魅尾だが、手足やしっぽをじたばたさせて抵抗する。
「おい、捕まえたぜ」
「ありがとうございます。もう、悪い子でしょうっ」
そこに、まるで打ち合わせたかのようにテルミが手に雑巾を持って現れ、魅尾の足の裏をごしごしと拭く。
なんとなくほのぼのした空気に、鏡介の口元にも笑みが浮かんでいた。
どうも、作者です。
今回で第12章はおわりです。
というわけで、次の話ができるまでしばらくお休みします。
ちなみに、次はモノたちのバイオレンスな一面が見られる話にするつもりです。
頑張って書きますので楽しみにしてください。