12.忘れていた学校行事 その19
「No, No, No. This placeにハ、of がinするデース」
「え、fromじゃないのか?」
「これハですネー、one of idiom(定形区のひとつ)なのデース。Idiomにハ、out of grammer(文法に当てはまらない)がmany many あるデースねー」
飯の後、俺は自分の部屋で机に向かっている。
そして俺の横には、あやしい日本語を操る金髪丸眼鏡の女、バレンシアが立っている。
何をしているかといえば、学校の宿題だ。明日提出の英作文課題を見てもらっているのだ。
最初は軽く添削してもらうだけのつもりで、普段の会話でも英語が出てくるほど英語に通じているバレンシアに見せたのだが、そこで予想外にひどい点数をつけられてしまったため、結局見てもらうことになってしまった。
俺は確かに、英語はそんなに得意じゃないんだが、そこまでひどいとは思わなかった。
「Masterがno problemなラ、ミーがteachingするデースよ?」
ということで、ついお願いしてしまった。
が、実際に受けてみると、これがまあマジで落ち着かない。
なにしろ、相手はあのバレンシアだ。ちょっと目を横に動かすと、男をとりこにする巨大メロンが目に入るのだ。
「Master, handがstopしているデースよ?」
「あ、わ、悪い」
「Hmm. Master、ずーいぶんconcentration(集中力)がloseのようデスねー」
バレンシアが、微妙にあきれた顔でそんなことを言う。って、そんな目で俺を見るな。俺だって健全な若人だ、そーゆーことに関心ぐらい持つ。
「そうは言っても、お前」
「Ok, Master. Just a moment.」
すると、バレンシアはそう言って、なぜか俺の後ろに回った。
「な、なんだよ」
「Look forward!」
なんとなく目で追ったら、怒られてしまった。
しょうがないので、言われたとおり前を向く。しかし前を見ろって言っても、教える奴がいなかったら意味が無いと思うんだが。
ふと、そこにちょっとした妄想が沸き起こった。
「Master、spellがwrongデース」
そんな声とともに、背中に何か柔らかいものが当たり、腕が回される。
横を見ると、その腕とその柔らかいものの主が俺を覗き込んでいた。
「Hey、look forward、long forward。Youのassignment(宿題)がcan’t finishデスよー?」
そいつが、そんなことを言いながらいたずらっぽい目で俺を見る。
なんか俺、随分と妄想が得意になったなぁ。
と思った直後。
ぎゅっ、といった感じで、俺の頭に何かが巻きつけられた。
「This is my new invention、名づけてアシタノカミカゼマツリデース!」
「なんだ?」
なんかちょっと重い。それが何か、確認しようと首を少し上に向けた、その瞬間だ。
「うっぎゃああああっ!」
頭から雷が落ちたみたいな激痛が背筋を突き抜けた。
ほぼ同時に、体中の筋肉が硬直し、床やら机やらを思い切り蹴飛ばした俺の体が空中に跳ね上がる。
人間の筋肉は電気信号で動いているってのは本当なんだなーなんてなことを考えているうちに、自分の体が大の字になって床に投げ出される。
椅子ごとひっくり返ったので、背中やら膝の後ろやらがその角に当たって痛い。
だが、右手だけは妙に柔らかいクッションの上に投げ出され、全く痛くない。
「ふぎゃ!?」
それが何かはなんとなく想像できたのだが、やっぱり確認したいので首を横にちょっと動かしたら、再び背筋に電気が走る。
どうやら、俺の頭に巻いてあるもの(多分またバレンシアが作りやがったんだろう)は、俺が首を動かすと電気が流れるらしい。
「っ、おいっ、で、電源、切れっ」
動いた量がさっきより少なかったためか、それとも1発で慣れてしまったのか、さっきよりショックが小さくて飛び上がるようなことはなかったが、手足が痙攣して自分の意思とは関係なく動きやがる。
そして、右手が本当に意思と関係なくその柔らかいクッションにめり込む。
「Ah、yes, yes, yes, ok, I know, I know! Power offするデス、したデスぅ!」
バレンシアのいつになく慌てた声がする。
Power off、つまり電源を落としたというので、ちょっと不安に思いながら首を横に動かすと、確かに衝撃は襲ってこなかった。しかし、目にはもっと衝撃的な光景が飛び込んできた。
さっきのショックで真っ直ぐに伸びた俺の右手が、なぜかバレンシアの襟元に完全に突っ込まれていたのだ。乗っているだけかと思ったからこれには驚いた。
なんでそうなっているのか、自分でも良く判らない。が、とにかく非常にまずいことなのは確かだ。
「うわああああっ、ご、ごめんっ!」
今までないぐらいの反応速度で俺は右手を引きぬき、起き上がると、まだ床に横たわっているバレンシアのほうを見る。
バレンシアは、無言で起き上がると、俺から目をそらし、うつむいたまま自分の胸元を整えている。まずい、もしかして怒っているのか?
「Hmm、It’s failureデース」
だが、それに続いてバレンシアの口から聞こえたのは、ため息交じりのそんな言葉だった。
そして、しゃがみこんだまま顎に手を当て、ぶつぶつとなにやら呟き始める。
見ると、丸眼鏡にもの凄い勢いで字が打ち出されてもの凄い勢いで上へとスクロールしていっている。
やがて、ぴこーんっという軽妙な音がして、その眼鏡のレンズ部分にでっかい電球の絵が映し出された。なんかコミカルなマンガだとよく見る光景だが、現実に見るとなんか変、というか冗談にしか見えない。
「I finished the analysis of the failure!Master!そのアシタノカミカゼマツリをミーにreturnするデース!」
「なんだって?」
「Cause of failure(失敗の原因)がproveしたデース、nowからremodeling(改造)するデース!」
お前なぁ、そういうのは人体実験する前にやれよ。
そんなことを思っていると、なぜかいきなり柔らかいものに突き飛ばされた。
「わ!?」
「Don’t miss you!」
「げふっ!?」
ひっくり返った俺の腹の上に何やら重たい物が乗っかってきて、一瞬目の前が暗くなる。
バレンシアの奴、何しやがった!?
と思いつつ、何が腹に乗ったのか確認するために自分の腹のほうを見る。
「Fu, fu, fu.逃がさナーイデースよー」
思わず目が点になり、何も考えられなくなってしまう。
やがてシナプスが繋がりだすと、それがすさまじくヤバイものだと自分のCPUが判断してくる。
なにしろ、さっき俺をひっくり返したバレンシアが、いつのまにか俺にマウントポジションを仕掛けていたからだ。
太ももとお尻の柔らかい感触が伝わってくるうううっ、って思ってもいいかもしれない。スカートの丈が短いからパンツが見えるうううっ、と思ってもいいかもしれない。いや、健全な男子なら、バレンシアにこんなことをされたら、みんなそう思うだろう。
だが。バレンシアの目を見たら、そんなのは吹っ飛んでしまった。
「Fu, fu, fu, fu, fu, programをrewriteするダケデース、hate(痛い)なコトはnothingデース」
目、というか、正確にはメガネだ。反射するような光はどこにもないのに、その丸眼鏡の向こうが真っ白になって見えないのだ。それどころかその眼鏡自身が光っているようにさえ見える。
しかも、両手をわきわきさせながら、不気味な笑顔で俺を見下ろしている。なんというか、マッドなサイエンティストが、今からマッドな実験を始めようとしている姿のようだ。
だが、表情は怖いが、それ以外はとっても素敵な光景だ。だって、金髪で色白で巨乳な美人が自分の腹の上にまたがっているんだぞ、相当に無知な奴じゃなけりゃ妄想しまくるぞ。
ええい、こうなりゃ。やられっぱなしなのも腹が立つし、なんか違うところも立ってきたし、体格はこっちのほうが勝っているんだから押し倒してやるっ!
と思ったときだ。
いきなり部屋のドアが開いて。
「おにいちゃ~ん。飲み物持ってきた・・・・・・」
お盆にグラスを載せて、とびっきりの笑顔を見せるケイが、非常にまずいタイミングで姿を現した。
そして、場の空気が凍りつく。
「・・・・・・お~に~い~ちゃ~~んんんんっ!?」
その沈黙を破ったのは、トレイを持ちながら迫ってくるケイのそんな声だった。
顔は笑っている。だが、目が笑ってない。それどころか、その目が赤く光って、髪の毛がざわざわと逆立っているのだ。
「バレンシアちゃんとぉ、な~にしてるのかなぁ?」
「いや、なにってこれぶわ!?」
言い訳しようと思った瞬間。冷たいものが顔に落ちてきた。
ケイが、仰向けのままの俺の目の前で、持ってきたグラスをひっくり返して中に入った液体を俺の顔にぶっかけたのだ。
「ぶわっ、ぶあっ、な、いてっ」
液体だけ(麦茶かなにかだったらしい)ならまだいいのだが、こともあろうにそのグラスの中にはロックアイスが目いっぱいに入っており、それがばらばらと俺の顔に落ちてくる。いくら角が融けて多少丸くなったとはいえ、ピンポン玉ぐらいの氷の塊が堕ちてくるのだ。当たり前に痛い。
「こら、やめっ」
麦茶も氷も落ちきったところで、改めてケイに止めさせようとした、その時。
さらにシャレにならないものが、目の前に迫っていた。さっきまでその液体とグラスが入っていたグラスだ。
さっきの氷と麦茶はフェイントだったのでは、と思うほどのタイミングで落ちてきやがったため、よけられなかった。
ごん。鈍い音と共に、額に鈍痛が走り、目の前に一瞬星が散った。
と、これだけならまだマシだったのだが。
バチッ。不吉な音が、その額から聞こえた、その直後。
「うぎゃああああああああああああああっ!」
スイッチを切ったはずのソレから、凄まじい衝撃が俺の全身を駆け巡りやがったのだ。
「My gooooooooooooooooood!?」
「きゃああああああああああああ!?」
まわりでケイやバレンシアが悲鳴をあげるが、それに構っている余裕はなかった。
なにしろ、さっきはほんの短時間で切れていた電流が、途切れないのだ。しかも水を被ってしまったものだから、その電流もダダ漏れだ。
「ぎゃああああああああああああ!」
俺は、まわりの状況を見る余裕もなく、ワケもわからずにのた打ち回った。
それからどれぐらい暴れていたのか。気が付くと俺は何人もの手で押さえつけられていた。
そして、電流が途切れていることが自分ではっきり感じられた直後、俺の意識はすーっと遠くなっていった。