12.忘れていた学校行事 その13
あとまだ様子を見ていないのは、紅娘だけだ。紅娘がいるハズの料理チームは、練習から火を使うから危険だということで化学教室に行っているはずだ。
「まああいつのことだから、ケンカを吹っかけることはないだろうけど」
「あいつって、誰のことですかしら?」
「わぁっ!?」
いきなり声をかけられ、俺は思わず変な声を上げてしまった。
見ると、閉じた扇子を手にした偉そうな態度の金髪巻き毛の美人がそこに立っていた。
「く、クローディア、なんでここに」
「ふん、その問いに答える理由はありませんわね」
その女、クローディアは生意気にもそう言い放ちやがった。
ふとその後ろを見ると、数人の取り巻きがいるが、迅の姿は無い。と思ったら、少し離れたところで壁にもたれかかり、目だけでこっちをうかがっている。その視線は、「厄介ごとを起こすな」と言っているように感じられる。
まあ俺も厄介ごとはゴメンだ。本当に、これ以上敵を増やしたくない。が。
「なぜなら、先に質問をしたのは私なのですからね。お分かりになりまして?」
このお嬢様はそんな俺達の気持ちなぞこれっぽっちも考えてくれない。そういう高飛車な物言いは、可愛げがないと敵を作るだけだぞ。
なんかそんなことを考えていると、いつのまにか俺の回りに人だかりができていた。当たり前だ。このお嬢様は何をしても目立つ要素がいっぱいなんだから。
「はぁー・・・・・・判ったよ、答えりゃいいんだろ」
まあ、こいつには何を言っても通じないだろう。こいつは、俺が知る限り人の話を聞かないことに関してはナンバーワンなんだ。変に構うだけ時間の無駄、と思い直し、俺はあっちの発言に答えてやることにした。
「手の空いている奴が、うちから手伝いに来てるんだよ。一人が化学教室に行っているから、その様子を見に行くとこだったんだ」
「手伝い?」
「あんたのとこにも居るだろ、学外から手伝いに来てる奴が」
すると、お嬢様ははっとしたように取り巻きの連中を見た。まさか、気付いていなかったのか?その取り巻きの中にすら、制服でもジャージでもない、ましてや高校生でもなさそうな連中が混じっているんだが。
「あっ、あら、おーっほっほっほ、と、当然ですわっ!」
お嬢様は取り繕うように高笑いして見せるが、気のせいかなんかぎこちない。こいつ、やっぱり気付いていなかったな。ここまで自分のことしか考えていないと、逆に感心してしまう。
「じゃあ、俺はもう行くぜ」
「お待ちなさいっ!」
だが、俺が去ろうとすると、お嬢様は閉じた扇子をこっちに向けてぴしゃりと言い切る。
「あなた、先ほど私が何をしているか、聞きたがっていましたわよね?」
「あぁ?いいよそんなことどうでも」
「どっ、どうでも良いとは、なんて言い草ですの!?」
面倒くさいので適当にあしらおうとしたが、どうも地雷を踏んでしまったらしい。お嬢様はいきなり激昂してしまったのだ。俺、やっぱりこういうのが下手なんだなあ。
「あなた、御自分の立場がわかってらっしゃらないようですわね!?」
「何だとぉ!?俺にはな、お前にへーこらしなきゃいけない理由なんざこれっぽっちもねえんだ!てめぇこそ勘違いすんな!」
「な、な、な、なんですってぇ!?」
売り言葉に買い言葉で、俺もつい声を荒げてしまう。構っていると紅娘のところに行くのが余計に遅くなるのは判っているんだが、ここで理由もなくへつらうのも癪だ。
おかげで、人だかりはさらに大きくなってしまった。
そして。
「上官。これは何の騒ぎだ?」
「何やってんだ、将仁?」
あんまり来てほしくない武闘派の2人が、来てしまった。まあ、大人しくしているような連中じゃないとは思っていたが。
「む、そこの女ッ!貴様、上官に何をしようとしていたッ!」
その2人のうち特に気の短いほう、シデンが、俺とクローディアの間に割って入ると、クローディアを睨みつけ、尋問するように指を突きつけた。
「な、何ですの、あなたは!?」
「我が名は中嶋紫電、そこな真田将仁の従姉妹!貴様、我が上官に何をしようとしていた!」
そのシデンの物言いに、さすがのクローディアもたじろいでいる。いや、ここはあのお嬢様を黙らせるシデンが凄いと言うべきか。
「おーおー、張り切ってんなぁ」
ライダースーツに身を包んだもう一人、ヒビキは、ちょっと楽しそうにそれを見ている。ってお前、もしかしてただ野次馬しに来たのか?
「おい貴様っ!答えぬかっ!」
「おっ、お黙りなさいっ!」
しかしまあ、クローディアもあのクローディアなわけで、黙ってやり込められてるようなタマではない。我に返ったらしく反論をはじめた。
「真田将仁ッ!何ですのこの無礼な小娘はっ!?」
と思いきや、矛先がまたこっちに向いてきた。堪忍してくれ。
「何ですのって、さっき名乗ったじゃ・・・・・・」
「貴様、どこを向いているッ!」
すると案の定、無視されて余計にかっとなったシデンの右手が、クローディアの胸倉を掴んだ。あいつはすぐ実力行使に出るからなあ。
と思った直後だ。
「ひょわ!?」
初めて聞くような変な悲鳴をあげ、お嬢様ではなくシデンの体が、宙を舞った。
「ぐふっ!」
そして、なすすべもなく床に叩きつけられた。その右手を、制服姿の男が抱えている。
迅だった。それが判った瞬間、俺はその迅という男の力に、戦慄すら覚えた。
なにしろ、我が家の武闘派ツートップの一人で、大の男数人相手にほとんど無傷で勝利するあのシデンが、なすすべもなくぶん投げられ、床に転がされたのだ。多少は油断もあっただろうが、それだけであのシデンがこうもあっさりとやられるわけはない。
「おい、てめぇ何をしやがった!?」
それを見て、笑みをなくしたヒビキが、迅の近くで指を差そうとでもしたのか右手を出した、その瞬間だ。
迅の体が何の前触れもなく動き、そして気が付いたときには、ヒビキの右腕をひねり上げた迅がヒビキの背後に立っていた。
「うわっ!?がっ!」
そして、迅が無言で足元を軽く蹴り上げると、ヒビキの体はそのまま前のめりに倒れこんだ。しかも右腕は迅に極められたままで、しかもひねり上げた迅の肘が、ヒビキの背骨あたりに真っ直ぐ突きつけられている。おそらく、迅の体重がその1点にかかっているのだろう、あのヒビキが、一瞬ではあるが苦しげな悲鳴をあげた。
その光景の意味が理解できず、俺は自分の思考が止まってしまったかのようにさえ感じた。
「おーっほっほほほほ、無様ですこと。私に刃向かうから、そんなことになるんですのよ」
その俺を現実に戻したのは、クローディアのそんな高笑いだった。ったくこいつは、偉そうにしていながら、結局自分では何もしていないじゃねーか。
だが、次の一言には、俺も背筋が凍った。
「良い機会です。迅、ついでですから、真田将仁のことも懲らしめてあげなさい」
そう、次は、俺がターゲットにされたのだ。情けない話だが、あの2人が勝てなかった奴に勝てる自信もない。思わず身を硬くしてしまう。
だがそれは、結局のところ杞憂だった。
「断る」
迅は、そう言うなりヒビキをあっさりと開放し、離れてしまったのだ。
「な、なんですって?私の命令に、逆らうと仰るの!?」
「その命令は契約外だ。従う必要はない」
「くっ・・・・・・」
いままでの誰とも違い、淡々と事実を告げる迅。さすがのお嬢様も、これには何にもいえないらしく、顔を真っ赤にしながら扇子を握り締めてぷるぷると身を震わせている。
「ふん!命拾いなさいましたわね!行きますわよっ!」
そして、そう捨て台詞を吐くと、くるりと背を向け、すたすたすたと足早に去って行ってしまった。
「お、おい、大丈夫か?」
はっと我に返り、床に投げ出された2人に声をかける。
「・・・・・・な、何者だ、あの男は」
「っててて、一体、何があったんだよ」
どうやら2人にも大したケガは無さそうだ。だが、2人も混乱しているのは明らかだった。
「あれが、この前話した近衛クローディアお嬢様と、そのボディーガードの筧迅だよ」
「むう、たかがぼでぃーがーどのくせに我をいなすとは、小癪な奴」
「ってえ、あんにゃろ、ただもんじゃねぇな」
腕を極められたぶん、ヒビキのほうがダメージは大きいようだ。
まあ、迅がただもんじゃないのは判りきったことだけど。やれ特殊部隊にいたとか、本職は仕事人だとか、はてはサイボーグだとかいうムチャクチャな噂がいっぱい立っているような奴だし、身体能力が超高校生級なのは俺も身をもって体験している明らかな事実だしな。
「立てるか?」
まあ行ってしまった奴らの話をしてもしょうがない。俺は、ひっくり返された二人に声をかけた。
「ああ、ちょっと腕が痛ぇけど」
ヒビキは肩をまわしながらゆっくりと立ち上がり。
「おのれ、いつか打ちのめしてくれる」
アクション俳優かダンサーのように跳ね起きたシデンは、そんなことを言って、クローディアたちが去っていったほうをにらみつけていた。