12.忘れていた学校行事 その7
「ご馳走様でした」
「ごちそうさまでしたーっ!」
「ご馳走様でしたぁ」
これからどうなるかと思っていた昼飯だったが、とりあえず食っている間はクラスのバカどもも大人しく(それでも一部の奴らからは恨めしそうな視線が送られていたが)していてくれた。
だが、平和だったのはそこまでだった。
俺ら3人がごちそうさまをした直後、男どもが一斉にクリンのところに押し寄せてきたからだ。
なにしろ、クリンはスタイルがいい。今は色気も何も無い俺のジャージ姿だが、それでもクリンの体はそのラインを主張している。
さらに言えばクリンはあの性格なので、エロトークしても嫌な顔をしない。それがまた、性欲てんこもりの連中に受けがいいのだ。
多分、今日、帰ってからクリンをオカズにする奴が何人かいるんだろうな。
だが。
「ちょっと揉ませてくれませんか?」
「はぁい、いいですよぉ」
そんなやり取りが聞こえた瞬間、俺のマッハパンチがそいつをぶっ飛ばしていた。
「てめぇどさくさに紛れて何とんでもねぇこと言ってやがる!」
「いいじゃねぇかケチ、おめえはひとつ屋根の下に住んでんだから触り放題だろうよ」
「ふざけんなバカ、俺だって手ぇだしたことはねえ!」
手を出されたことはあるが、そのことは黙っておく。言ったら俺は一気にクラス中を敵に回してしまうのが目に見えている。ただでさえ敵がいる身だ、学校でまで身の危険を常に感じるなんてのは御免こうむりたい。
「クリンもクリンだ、あんなバカ話に乗るんじゃねえっ!」
「いいじゃないですかぁ、減るもんじゃなしぃ」
クリンもクリンでとんでもないことを口にするし。お前には貞操感とか羞恥心とかいうものはないのか。普通は嫌がるもんだぞ。
「だいたいぃ、将仁さんがいけないんですよぉ?元々体をあわ」
「わーっわーっわーっ!」
さらにとんでもない事を言い出しそうになったので、俺はあわててクリンの口を塞ぐと、そのままそこから引きずりだした。
「おっ、お前、俺に何か恨みでもあるのかっ!?」
廊下まで引っ張っていくと、俺は口をもごもごさせるクリンの耳元で、小声で問いただす。
クリンの、モノとしての存在意義から見ると今の扱いは不満があるのかも知れないが、かといって「以前と同じ」扱いをしてしまうと、今度は他のモノたちから非難されるのは明らかだ。やきもちを焼かれるとかいった程度で済めばいいが、そのせいでギスギスしたりするのはイヤだぞ。
だいたい、本当は俺だってお願いしたいんだ。俺だって17歳、思春期真っ盛りの成年男子、性欲はある。人並みじゃないかもしれないがゼロじゃない。
「俺だってなぁ、俺だってなぁ、我慢してんだぞぉっ!?」
「何を我慢しているのかしら?」
思わず本音を口にしてしまったその時、誰かが声をかけてきた。
見ると、女物のスーツを着た、上品なルックスの女の人がそこにいた。
「あ、先生。こんにちわです」
「あ、あらケイちゃん、こんにちは」
その人、徳大寺先生は、ケイに挨拶されてにっこりと挨拶を返したが、すぐに厳しい表情になり、俺のほうを見た。
「わわわ、せ、先生」
「真田君、こんな所で不純・・・・・」
だが、不意にその厳しい目がいぶかしむようなものに変わった。そして、顔を近づけると、小声で耳打ちしてきた。
「その子、擬人ね?」
どうやら、先生には判っていたようだ。さすが、西園寺に親交が深いと自分で言うだけある。
「ええ、連れてきたわけじゃないんですけど、勝手についてきちゃって」
「ぷは、野良犬さんみたいに言わないで下さいよぉ」
「お前はちょっと黙ってろ、話がややこしくなる」
とりあえず、いつまでも抱えていると本当に不審者になってしまうのでクリンから手を離す。
「真田君。ちょっと話があるのだけれど」
先生は、俺達を見ながら、妙に静かにそう言った。だがなんか目が笑っていない。
「・・・・・・先生、怒ってるのかな?」
ケイが小声で聞いてくる。しかし聞かれても俺に先生の胸の内なんか判るわけがない。
・・・・・・ん?
「胸の内・・・・・・」
だが、何気なく思いついたその一言で、俺の頭の中にぴこーんと何かのフラグが立った。
判っちゃったのだ。先生がなんで機嫌が悪いのかが。
なにしろうちの先生、トクダイジという苗字に反して、体のある部分が非常に慎ましやかなのだ。どのぐらいかというと、一年生を受け持ったときに、そのクラスの誰よりもソレが慎ましやかだったためコンプレックスになってしまったぐらいだ。
対するクリンは、それはもう見事なものを持っている。我が家でもバレンシアが現れるまでは文句なしのナンバーワンだったわけだし、今でも“巨”の称号を冠するのにふさわしいのは間違いない。もっとも、俺も見たことや背中で感じたことはあるが手で触ったことはないのだが。
こりゃ、怒るのもしゃーないか。クリンにしたらいいとばっちりだが、俺にしてみればクリンがここにいること自体がちょっと予想外なんだから、ここは諦めてもらおう。俺は勝手にそんなことを思っていた。