12.忘れていた学校行事 その5
「ってぇ・・・・・・」
「大丈夫お兄ちゃんっ!?」
「ったく大丈夫じゃねえよ、ったく・・・・・・」
「ふええぇ、ごめんなさあぁぁいぃ」
なんか俺を心配するケイの声が聞こえたので、それに返事をする。そしてふと、俺の上にかかる妙な重量感に気が付いた俺は、ふと頭を上げた。
髪の毛を頭の右で束ね、くりっとした目をした女の子が、俺の顔を覗き込んでいる。
「け、け、ケイ!?」
そう。いつのまにか、ケイが人間の姿になっていたのだ。俺の腹の上で馬乗りはある意味ちょっと危ないので、降りてほしいんだが。
「あれ、ケイちゃん来てたんだ?」
「おいマサ、つれて来るんだったら来るって言えよ!」
「きゃーっ、ケイちゃーんっ、いらっしゃーい!」
間髪をおかず、うちのクラスメイトが群がってくる。お前らは、いないはずの奴がいることより、女の子が現れたことのほうが重要なのか。
「んもう、将仁さんったらぁ。落ちちゃったじゃないですかぁ」
そこに毛色の違う、まさに毛色の違う顔が現れる。
クリンだ。見覚えのあるジャージを着ている。どうやら、マジであのバッグの中で着たらしい。
だがそれ以上に、顔の真ん中が赤くなっている。特に鼻の頭が、なにかぶつけたみたいに赤い。
「さっきぃ、顔から落ちちゃったんですよぅ」
聞くと、ちょっと口を尖らせて非難するような顔をする。なんでも、俺がケイをキャッチするために飛び出した際、俺の手だか足だかにクリンの入っていたバッグが引っかかり、そこでバランスを崩して落ちてしまったんだそうだ。
鼻血とかが出ないところはさすがクリンといったところだが、なんか申し訳ないな。
「ああっ、クリンちゃんっ、ケイたちのごはんはっ!?」
そのとき、クリンの顔を見たケイが、俺の腹の上に乗ったままで声をあげた。俺としては、お前に降りてもらわないとメシも食えないんだが。
「はぁい、ちゃあんとここにありますよぉ」
クリンはそんな俺の思惑を他所に、ジャージと一緒にバッグの中に入っていた弁当の包みを俺達に見せた。
「わぁい!」
すると、ケイはぴょんとそっちに飛びついた。色気より食い気ってか、ちょっと悲しい。
おかげで俺はやっと立ち上がることができたが、だが安心はできなかった。
なぜなら。
「おいマサ、このムッツリ野郎。お前、こんな美人と住んでんのか」
「ヤジロー、お前が泣いた意味、やっと判ったよ」
「飲もう!今日は飲もう!」
高校生でありながらなぜかオッサンじみた盛り上がり方を見せるモテナイ男たちと。
「クリンさん、本当にマサんちのメイドさんなんですか?」
「ずいぶんと体が柔らかいんですね!」
「どうしたらそんなに胸が大きくなるんですか!?」
初登場のクリンに対して、あまり関係ない質問を浴びせる暇人どもが、俺達をぐるりと取り囲んでいたからだ。
全くてめーら、自分のメシはいいのか、と突っ込もうと思ったところで、自分もメシを食ってないことに気が付いた。
そしてもうひとつ。
「そういやクリン、お前自分のメシは?」
クリンが持っていた弁当の包みは2つ。いつものように、大きいほうが俺ので、小さいのはケイ用、のはずだ。レイカから受け取った弁当の個数も2つだったし。それに、シデンのときと違って、クリンはさっきまでずっとあのバッグの中にいたから、後で持ってくるというわけにもいかないし。
「あ」
案の定というか、クリンは今思い出したような顔をした。
「忘れてましたぁ」
そしてあっけらかんとした笑顔を浮かべる。
「おにぃちゃ~ん」
さすがに不憫に思ったのか、ケイが俺を頼るような目でじっと俺を見てくる。全くこの、妹機能つき携帯電話は。そんな目で見られたらこっちもすげなく出来ないだろうが。
「ったくわぁったよ。んじゃ購買で何か買ってくっから、ちょっと待ってろ」
本当は学食のほうが楽なんだが、この目立つ2人、特にほとんどの連中が初対面になるであろうクリンを連れていったら収拾がつかないことになりそうで怖い。
しょうがないので、俺は自分のサイフを確認すると購買へ向かって飛び出した。スタートダッシュに遅れたこの時間では大したものは残ってないかもしれないが、無いよりはマシだろう。それで足りない分は俺らのおかずを分けてやろう。
そんなことを考えながら俺は、運がよければまだ争奪戦をしているであろう購買へ向かった。