12.忘れていた学校行事 その3
学校について一息つくと、赤い水筒を取り出して、まだ熱いお茶を一口飲む。
レイカから弁当を受け取るのと一緒に、毎度紅娘から受け取るようになった中国茶だ。成分はよく判らない-お茶だけではなく漢方薬の成分を色々ブレンドしているらしいが、詳しく聞いたことはない-が、適度な苦味と爽やかさが俺は結構気に入っている。
「一口くれ」
するといつのまにか来ていたヤジローがそんなことを言ってくる。
「欲しいんなら湯呑かコップ準備しろ」
「おう、用意したぞ」
そのヤジローが、妙に準備良く紙コップを差し出した。この前にも同じようなことがあって、同じようなことを言われたことを覚えていたようだ。それが証拠に反対側の手には、包みのポリ袋に入ったままの紙コップの束が納まっている。
「んじゃ、ホレ」
仕方が無いので、少し注いでやる。なにしろ水筒の中身には限りがあるのだ。
ヤジローは、少し吹き冷ますとそれを口に入れた。
「面白い味だな、これ。烏龍茶みたいなそうじゃないような」
そして妙にかっこつけたことを言う。お前はそんなことを言うほどお茶に詳しくねぇだろが。
「うーん、やっぱりこのお茶は外せないわね」
同じようにお茶を飲んだ委員長が意味深なことを言う。
「お前もケチだねー、もう少しくれたっていいじゃねえの」
シンイチ、そういうお前は俺にたかるしかしないじゃねぇか。
とはいえ、自分のことじゃなくても賞賛されると嬉しいもんである。
「・・・・・・だっつの。ねー」
「それはちょーっといいすぎじゃない?」
「せやねぇ、うちもそう思いますぅ」
そんなふうにちょっと嬉しくなっていると、数人の女子と一緒に、特徴的な京都弁の女が教室に入ってきた。
俺の隣の席、賀茂さんだ。あれだけ美人なのに嫉まれないでみんなに溶け込んでいる。
そしてそんだけの美人が隣りの席というのはやっぱり嬉しいものである。
「あ、おはようさんどす」
賀茂さんは俺の回りに集まっている連中に丁寧な挨拶をして、自分の席につく。
そしてその直後、俺に向き直っていきなりこう聞いてきた。
「真田はん、無事やってん?」
「は?」
いきなりだったので、変な声と共にそう答えてしまう。
「いやね、きんのうちが居候さしてもろとる神社はんに参拝してはったお人が、なんや朝賀のほで事故があった言うてはったもんやさかい、ちぃと気ぃなったんどす。なんともないんやったらそれでよろしおすわ」
ちょっと早口でそうまくし立てると、賀茂さんはカバンからノートと筆記用具を取り出した。
「賀茂さんもどうだ?」
そこに、ヤジローが紙コップを差し出す。しかも使いさしではなく新品のやつだ。こいつ、一日で使い切るつもりか。
「マサの奴がお茶持ってきてっから。ほらこの前マサんち行ったときに飲んだお茶あるだろ」
そしてヤジローの奴はコップを薦める。が、賀茂さんは受け取ろうとしない。さすがに奥ゆかしい京都人、たかるのは遠慮したか。と思ったら。
「こほん、えー、近江くん。チャイムが鳴ったのに、気が付かなかったのかしら?」
いつの間にか、担任の徳大寺先生が教卓のところに来ていた。俺も気付かなかったから偉そうなことは言えないが、ヤジローの場合はちょっと席が離れているのが致命的だった。
あわれヤジローの奴は、クラス中の笑いものになってしまった。
「皆さん、学園祭まで1週間を切り、いよいよ追い込みに入ります。今週は午後の授業が無くなりますが、だからといって授業をおろそかにして良いというわけではありません」
先生の言葉を聴いて、そういえばそうだったことを思い出した。うちの学園祭は土日の2日にわたって行われるのだが、その前の週は授業が午前だけで終わり、午後は文化祭の準備に充てられることになっている。
そのため、いつもと違う変則的な時間割になるのだ。まあ変則的と言っても、他の日にやる授業が来るわけじゃないから間違えることはないのだが。
「それでは、今週1週間、責任を持って頑張って、文化祭を成功させましょう!」
ちょっとぼーっとしていたら、いつのまにか先生の話が終わっていた。
「起立!礼!ありがとうございました!」
委員長の号令で我に返った俺は、あわてて立ち上がり、礼をしたのだった。