12.忘れていた学校行事 その1
9月25日
もぞり。
今日は、なんか下半身に夏掛け以外の違和感を覚えて、うっすらと目が覚めた。
「ん?」
だが、その違和感はすぐに消えた。時計を見ると7時5分前。タイムリミットまであと5分ある。
その5分をゆっくり味わおうと寝返りを打ったとき。また違和感があった。
何かが足に絡み付いているのだ。
「なんだ?」
頭がまだぼんやりしている。そのまま首を起こし、違和感のあるほうを見た。
別に何もない、ような気がしたので、寝なおそうと目を閉じた、その時だった。
かちゃ。
「失礼しま~す・・・・・・」
ドアが開く音と、聞き覚えのある声が聞こえた。
そいつは、そのまま部屋に入ってくると、静かに音を立てないで近づいてくる。
不審すぎるが、なまじ聞き覚えのある声であり、しかもいつもと雰囲気が違うため、様子を伺うことにしてしまった。
そいつは、俺のすぐ傍まで来ると、俺の耳元で、さらに小さな声でこう言った。
「お、おはようございます」
・・・・・・こんな朝っぱらから、飲んでるんじゃねぇだろうな?間近で声を聞いたとき、頭に浮かんだのはこんな言葉だった。
なにしろこの声の主は、いつもはもっと偉そうな物言いをする奴だからだ。
「ふ・・・・・・前と変わらぬ、無防備な寝顔だ。昨日あんな覚悟を見せたばかりだというのに」
前言撤回。やっぱり偉そうだ。
「上官よ。気付いていたか?我はいつもタンスの上から、毎日上官の寝顔を見ていたのだぞ?」
そういえばこいつは擬人化させる前はタンスの上が定位置だったが。なんかその言い方、ちょっとストーカーじみているんだが、お前そんな性格だったのか?
「好きなだけ眺めていられたあの日々が今となっては・・・・・・」
だが、そいつの言葉はそこで不意に切れた。
頭にクエスチョンマークが浮かんだ、その瞬間。
「何奴だあああああああああああ!」
いきなり、鼓膜がいかれそうなボリュームで叫ぶと、そいつは間髪をいれず俺の夏掛けをひっぺがしたのだ。
半覚醒状態だった俺の脳みそが、一気に覚醒する。
だが、その覚醒したはずの頭でも、すぐには把握できない状況が、そこには起きていた。
なぜって。俺の足のあたりには。
「あ、あらららぁ」
黒いメイド服を身につけた、色々な色素が薄い女が、うずくまっていたからだ。しかも、それだけならまだしも、どういうわけかそのメイドは俺の寝間着のズボンを、膝ぐらいまで下ろしている。
「く、く、く・・・・・・」
そして、俺の夏掛けを引っぺがした深緑の袴姿の女が、それをにぎりしめ、顔を真っ赤にしながらも、二の句が告げないでいる。
そしてかく言う俺も、いったい何が起きているのか、訳がわからないでいた。
だが、確実にいえるのは。
かろうじて脱がされずにいたトランクスの前を、いつも以上に元気な俺の分身が持ち上げていたということだ。
「見つかってしまいましたぁ、てへっ♪」
一方、俺のズボンをずり下ろしていたメイドは、体を起こしてベッドの上に座ると、いつもののんびりした口調のまま、自分の頭を軽く小突いて、ぺろっと舌を出した。
「クリンッ!きききききさま、我が上官に何をしておるのだああああああっ!」
その瞬間、顔を真っ赤にした袴姿の女、シデンが、ものすごい剣幕でクリンを怒鳴りつけた。
「うわああああぁぁぁっ!」
我に返った直後、俺は膝まで下ろされていた寝間着のズボンを引っつかむ。なんでってそりゃ、いくら生理現象だと言っても起き抜けに自分のパンツの前が元気にテントを張っているのを見られたら恥ずかしいだろう。
が。クリンが脱がせかけた俺の寝間着を改めて履きなおそうと引っ張ったが、なぜかそれが動かない。
何かが引っかかっているのかと思いもう一度引っ張ったときだ。
いきなり世界が回転した。同時に寝巻きが動くようになったので、条件反射でズボンを一気に引き上げる。
だが、次の瞬間。頭と股間に激痛が走り、目の前に星が飛んだ。
「うぎょ!?」
気がつくと、俺はベッドから落ちていた。しかもその時に頭と、それから俺のいつも以上に元気になったICBMの弾頭を、床にぶつけてしまったのだ。
正直、何と表現したらいいのか判らない痛みが、股間のほうから頭を突き抜ける。タマのほうにダメージを受けたことはあるが、サオのほうにダメージを受けたことは無い。うん間違いなく無い。
「ぐおおおおおおお・・・・・・」
あまりの痛みに、うら若き乙女が2人も目の前にいるのに股間を抑えて悶絶しそうになる。まさか俺、このままコイツを本来の目的で使わないまま、不能になったりしねぇだろうな。
どの程度のた打ち回ったのか。ようやく痛みが収まって回りを見る余裕が出てきた。鏡介の奴はこいつらが来る前に退散したらしく影も形もない。
だが、そこに展開する光景を眼にしたとき、俺はまた顔色を変えていたと思う。
だってそこにあったのは。
ベッドの上にぺたんと座った状態で、白目をむき口からあの長い舌と一緒に尋常じゃない量の泡を吐き出すクリンと。
「この、貴様という奴はあああああっ!」
そのクリンの背後からのしかかるようにして、左腕でチョークを決めつつ右腕でクリンの右腕を極め、左足でクリンの左腕を極め、というなんかもうよく判らない複雑な関節技をかけるシデンの姿だったからだ。
「うわーーーーーっ!シデン、ストップストップ!クリンが死ぬ!ストップ!」
急いでシデンに声をかけ、人間知恵の輪のような関節技を解かせる。はじめは不満を明らかにしていたシデンも、クリンが泡を吹いていることに気付いてさすがにまずいと思ったようですぐに技を解いた。
すると。
「あぅ、くるひはったれふぅ」
クリンは、なぜか速攻で意識を取り戻した。
「あえ?ろうひらんれふ?」
そしてクリンはこっちを向いた。口調はいつもどおりで、表情もいつもの緩んだものだった。しかし、顔は蒼白で、舌がだらしなく飛び出し、なによりさっき吐き出した泡が口の周りについたままだ。
「どうしたって、お前、泡吐いて」
すると、クリンは口の周りをぬぐってその泡を見る。
「え、ああ、こええふかぁ?」
そして、飛び出した舌もそのままに、クリンは手についた泡を俺に見せた。
「・・・・・・とにかく、まずそのだらしない舌を引っ込めろ」
いつのまにか、俺に並んでクリンを見ていたシデンが、半ばあきれた口調で言い放つ。すると。
「ふっ♪」
何を考えたのか、舌を引っ込めたクリンは、手についた泡を、こっちに吹き付けてきたのだ。
「うわぁっ!?」
「わっ、貴様、何をする!?」
思わず飛びのいてしまう。だって、これは口から吐き出したものだぞ!?シデンはさらに大げさに身を翻すと、部屋から飛び出して行ってしまった。
だが、クリンはそんな俺達を見て、「あはははははっ」と笑い出したのだ。
「だ~いじょうぶですよぉ。汚くなんてないですからぁ」
「へ?」
「だぁってぇ、これ、シャボンの泡ですものぉ、ほらぁ」
言いながらクリンは、自分の手についた、さっき自分が吐き出した泡を両手で握りつぶすと、さらに両手を擦り合わせ、そして両手の親指と人差し指で輪を作った。
見るとそこには、石鹸水で作ったような透明な幕が出来ている。
そしてクリンがそこにふっと息をふきかけると。
俺の部屋の中に、シャボン玉が飛んだ。
「私はぁ、お風呂用のスポンジですよぉ?この体にはぁ、将仁さん愛用のボディーソープがぁ、目一杯しみ込んでいるですよぉ」
そして、クリンがふっと天井に向かって息を吹くと、大小さまざまなシャボン玉が宙を舞った。
思い返せば一週間ほど前、酔っ払って眠ってしまったクリンは、寝息とともに大小さまざまなシャボン玉を鼻や口から吐き出していたし、引っ越したばかりの時には手をこすり合わせるだけで泡を出すという芸当も見せたなぁ。
ということは。泡を吐いたのは、本当に死にそうだったからではなくて、俺達を驚かし、シデンの技を外させるための芝居だったってことか。やるなこいつ。
そして俺の部屋が、シャボン玉が舞うちょっとファンタジーな空間になった、その時だ。
「ふっ♪ではないわああああああああ!」
という叫びと共に、俺の横を深緑の風が通り過ぎる。
そして、ゲシッという鈍い音と共に、その深緑の風、シデンのとび蹴りがクリンに炸裂する。飛んでいくシデンの顔が赤かったのは、騙された恥ずかしさと悔しさによるものだろうか。
そのまま二人の姿はベッドの向こう側に転げ落ちて行った。
その光景を見て、やっぱりもう少し大人しく起こしてほしいな、と思うのだった。
どうも、お久しぶりです。作者です。
第12話、ようやく始まります。
今回は、比較的平和な一日となっております。
ただ、その中でも色々と話は進行していきますので、どんな感じかな?と楽しみにしてください。
なお、何度か感想を下さっているrisetteさんがクリンがお気に入りだということでしたので、出番を多めにしてみました。
喜んでいただけたら幸いです。
それ以外の方々も、ご意見・ご感想・ご要望・誤記などのご指摘等々ございましたら遠慮なくおっしゃって下さいませ。
それでは第12話をお楽しみください。