11.そしてみんな動かなくなった その22
情けない悲鳴が聞こえなくなる。なんかいっぱい出て行ったが、あいつら何をやらかしたんだろう。過剰防衛とかやらかさなきゃいいんだが、なんて俺らしくないことを考えていると。
「よーう、将仁、元気してっかー!?」
何の前触れも無く、さっき外から電話をかけてきたりゅう兄がいきなりずかずかずかっと乗り込んできた。あの変な闖入者どもでも、呼び鈴は鳴らしたぞ、それもしないでいきなり人の家に上がるのか、このバカ兄は。
「ちょっと、龍之介さんっ、挨拶も無しに勝手に上がるなんて、行儀が悪いでしょうっ!」
そして案の定、後ろから追いかけてきたテルミに怒られていた。
「にしてもよ、どうしたんだおめぇのそのケガは」
だがりゅう兄はそんなテルミの言葉なぞどこ吹く風といった感じで床にあぐらをかくと、そう俺に聞いてきた。
「名誉の負傷ってやつだよ」
「戦国時代じゃあるめぇし。どーせジムでボコにされやがったんだろ」
「ちがわい、このバカ兄」
このバカ兄貴、実は俺がボクシングジム通いしてることを知っている。それを通じて親父やお袋もジム通いしていることはとっくの昔にばれているんだが、誰一人として止めろとは言って来ない。
まあ、うちの親は元々あんまりうるさく言ってこない性質だし、兄貴には本当の目的を伏せて「ストレス解消と筋トレのため」にやると言っているから、それに乗っているだけかもしれないが。
「のう将仁。この無礼なむくつけき男は何者じゃ?」
いつのまにか俺の傍に来ていた魅尾が、りゅう兄を見ながらそんなことを言う。むくつけきってぇのは、今風に言えばむさくるしいとかそんな意味だ。初対面の相手にはひどい物言いだ。。
「あ、もしかしてアナタ、ウワサのお兄サンアル?」
そして、紅娘が今気づいたようにぽんと手を叩いて、変なことを言う。でもまあ、兄貴が最後に俺に会ったのは今から1週間ぐらい前で、紅娘が現れたのはその次の日だったし、魅尾に至っては、初めて見る俺の縁者だし、知らないよなそりゃ。
「ん?・・・・・・んー、んっふっふっふ」
すると、兄貴は何を思ったか俺を見てにたーりと笑い、そして一言。
「お前よぅ、年下好きなのはかまねぇけど、あんまし低すぎんのはどうかと思うぜ?」
「こらそこの脳筋バカ兄、自分の趣味を人に押し付けるな」
「おいおい、兄に向かって脳筋バカはひでぇな」
だがりゅう兄は、俺の悪口に全く動じる様子はない。
「ところで、どんな噂を聞いてんのかな?」
それどころか、全く面識が無いはずの紅娘と魅尾にごく自然に話しかけている。
「んー、笑いながら人を殴るとか、トラックと正面衝突して無事だたとかアルかな」
「のう、とらっくとはなんじゃ?」
「さらに馬鹿力を持ったヒビキのような奴だ」
「こらシデン、トラックは四輪だろうが、あたしゃ二輪だぜ?」
「地面の上を走るのは同じであろうが」
「お前なあ、空を飛べるからって上から目線で言うなよ」
「まぁまぁ、お二人ともぉ、こんな所で喧嘩はやめましょうよぉ」
「にしても、トラックと正面衝突たぁまた剛毅な話になってやがんなぁ」
「違うアル?ワタシそう聞いたアルけど」
「全く、龍之介さんを人間じゃないみたいに言って。確かに外見は似ていませんが、これでも将仁さんの義兄様でしょう」
そうやってみんながおしゃべりする様は、ちょっと前まで人の姿ですらなかった連中ばかりだとは思えないが、なんか、こんな光景がこの家のあるべき姿、そしてそれを俺が守った、と思うと、胸の奥が少し熱くなってくる。
「なあ、りゅう兄。前から思ってたんだけど」
ちょっと照れくさいが、それ以上に間違いなく人間なりゅう兄がこの擬人化や妖怪をあっさりと受け入れられるのか、ちょっと気になった。
「ん?おう何でぃ将仁」
「りゅう兄は、こいつらのことそんなに知らないんだよな。なんでそう簡単に納得できるんだよ」
正直にそう聞いてみると、りゅう兄はきょとんとしたちょっと間の抜けた顔を向けたあと、こう言った。
「なんでってそりゃ、おめぇが納得した上で家族同然に暮らしてる連中なんだろ?だったらよそもんの俺が変に勘ぐんのは野暮ってもんじゃねぇか。なっ?」
そして、グローブみたいなでっかい手で俺の頭を思い切り引っぱたきやがった。
普通だったら条件反射どころか脊髄反射で殴り返すところだが、今日はその手が出ない、と言うかその手を自制してしまった。
いいこと言うじゃねぇか、バカ兄貴。素直に認めるのはちょっと悔しいので、心の中だけでそう言っておいた。