11.そしてみんな動かなくなった その21
「お待ちください」
不穏な空気を感じつつ、テルミはドアの鍵を開けた。
そして、10センチほどドアを開いたときだ。
その隙間に何人もの手がねじ込まれ、ドアを掴むと一気に開いたのだ。
「きゃあ!?」
あまりに突然のことに、テルミは驚き、ドアノブから手を離すのを忘れていた。そしてバランスを崩したテルミは、その勢いのまま外に飛び出してしまった。
そこには、だぶついた服装を着た、いわゆる不良ルックスの連中が数人いた。そいつらは、出てきた相手を取り押さえようと手を伸ばす。
だがその瞬間、今度はテルミがかけた眼鏡のレンズがチカチカと光った。そして体をひねりながら地面に手を着くと、メイド服&マントというがさばって動きづらい格好と思えない動きで身を翻し、自分に伸ばされる手をすり抜けると、その先に膝をついて着地した。
誰一人として捕まえることが出来ず、男たちの手は空を切った。信じられないといった様子で彼らの動きが止まり、そして自分たちの間をすり抜けていった黒い影のほうを見る。そこには、エプロンについた埃をぱんぱんと叩き落とす、黒マントを羽織ったメイドが立っている。
何があったのか、理解にわずかだが時間を要する。そして理解が出来たその時。
「てめえら、今、何しようとした?」
彼らが向いた反対側、家の玄関のほうから、どすの利いた低い女の声がした。
「あだだだだだだだっ」
ほぼ同時に、仲間の一人のそんな声が聞こえてきた。振り向くと、なんとその仲間の足が、地面から離れていた。頭を何者かに片手で掴まれ、そのまま持ち上げられているのだ。
掴んでいるのは、赤と黒のライダースーツを身にまとい、色が濃く幅の広いサンバイザーをつけた背の高い女、ご存知ヒビキだった。
それを見た男たちの顔が、明らかに動揺する。それも当然だ。70キロはある人ひとりを片手で持ち上げるなど、相当の膂力の持ち主でないと不可能だからだ。
「ったくびーびー騒ぐんじゃないよ」
そしてヒビキは、その持ち上げていた男を、まるで空き缶でも投げ捨てるようにその集団のほうへと放り投げた。
男は、仲間数人へとボディプレスをかまし、そのうち2人ほどを押しつぶした。
「は、話が違うぞ」
男たちの一人が、焦った口調でつぶやく。
「うるせえ、こうなりゃ」
どうやらリーダー格らしいスキンヘッドの男が、ポケットに手を突っ込み、何かを取り出す。そしてくるくると回すと、キラリと光を反射する刃が現れた。
いわゆるバタフライナイフという奴だ。
だが、それがナイフとしての形になるかならないかの瞬間。
「チェストオオオオオォォォォォォォォォォッ!」
深緑色の何かが、奇声と共に猛スピードで飛び込んできて、その男を吹っ飛ばした。
どげしっという小気味良い音とともに、スキンヘッドの体がひっくり返る。
一方で彼を吹っ飛ばしたそれは、木の葉のように身を翻すと、器用にその場に着地する。それは、深緑の着物と袴を身につけ、頭のてっぺんで束ねた銀色の髪を背中に流した女、シデンだ。
「貴様達、明日の太陽が拝めなくなる覚悟は、出来ているのだろうな」
シデンは、すっくと立ち上がると、男たちのほうを指差して宣言した。
「て、てめっ」
「きゃ!?」
負けじと、男の一人がテルミを捕まえ、ナイフを突きつける。
「てっ、てめえらっ、動くんじゃねえっ」
テルミを盾にして逃げようという魂胆なのだろう。が。
「えーと、これは一体、何のつもりでしょう」
テルミは、全く怖がる様子も無くそう切り返した。
見ると、ナイフを突きつけているつもりだった男の手には、なぜか未開封のチーズかまぼこが握られていた。
何が起きたのか理解できずに、男が硬直した瞬間。
「はっ!」
「ぐえっ!?」
テルミの右肘が、自分を押さえつける男の鳩尾にめり込んだ。動きは微々たるものだったが、喰らった男の声から察するにその威力は相当なものらしい。
さらに、テルミは男のつま先を自分のかかとで思い切り踏みつけると、間髪を入れずに裏拳を顔面に叩き込み、反動を乗せたその拳を振り下ろす。そしてテルミの鉄槌が股間に命中した。
声にならない悲鳴をあげて男が悶絶する。
「全く、騒がしいですね」
その姿を見下ろしながら、テルミがくいっと眼鏡を直す。眼鏡の奥にある目がいつになく鋭い。
そして。
「あなたたちは、銃刀法というものを知っていますか?業務その他正当な理由が無い場合、刃の長さが6センチを超える刃物を持ち歩くと、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金になるのですが」
そう言いながら、髪をひっつめたスーツ姿の女が、まるで手品師がカードを見せるように、両手いっぱいにナイフやら何やらを見せつけていた。
それはすべて、男たちがポケットなどに忍ばせていたはずの物だった。
何がなんだか、わけが分からなくなる。
そして、侵入者たちのとった行動は。
「う、うわあああああああああ!」
悲鳴をあげ、逃げることだった。