11.そしてみんな動かなくなった その19
その後、ようやく泣き止んだ常盤さんを交え、俺達はそのままリビングで車座になり、今日のことについて話し合うことにした。
「我が思うに、昨日壁から出てきた輩と、無関係ということはあるまいな」
まず口を開いたのはシデンだった。それは俺も考えた。あの部屋にあった祭文は壁紙の下に書かれていた。そして魅尾曰くあれはごく最近に描かれたものらしいので、つまりあの模様は壁紙を剝さないであの場所に描かれたということになる。
普通はそんなことは物理的に不可能だが、壁から出てきたあの黄色い女なら出来てもおかしくないような気がする。
そして、あの女が何の挨拶も無く潜入していたのは、こっちのことをスパイするためだろうし、そんなことをさせるのは、俺たちの「敵」にあたる連中しかいないだろう。
「魅尾、お前、今日の事件は、術者がいるとか言ってたな」
「うむ、確かに言った。それぞれに使われておったのは五行の祭文であったからな」
それで、うちにいる擬人化とか妖怪とかを邪魔する予定だったらしいな。
「でも、誰が?」
「誰ってそんなの、西園寺を潰そうとしてる連中に決まってるだろ。あっちもとうとう本腰を入れてきたってこった」
ヒビキがそのものずばりなことを言う。
「そのぐらいは私でも判ることでしょう。私が知りたいのは、その術を施したのが誰か、ということでしょう」
「そりゃあ・・・・・・分からないけど」
「でも、なぜこんなことをしたのかは、推測は出来るわ」
そう言ったのはレイカだった。
「敵は多分、将仁君を孤立させるつもりだったのだと思う。彼らにとって最も邪魔なのは、西園寺の血族である将仁君。でも、いつもはそのまわりに私たちがいる。
その私たちが、普通の女であれば力づくで事を進めることも可能だけど、そうではない」
「故に、先に我等を封ずる作戦にでたというわけか」
「孫子曰く、将を射んとすればその馬を射よ。外堀を埋める作戦アルな」
そのあたりは俺もそうだと思う。正確に言えばいつもってわけでもない(実際、ジムには一人で行ってた)が、大抵はケイと一緒だし、鏡介という影武者もいる。
だが、今日のケースは、最終的に何を意図して行われたのかがよく分からない。奴らにとって最も邪魔なのは、先代の遺言状と、そのターゲットである俺自身のはず。それに対する障害となるモノたちを封じたのは判るが、それにしてはその後の動きが無さすぎる。俺だったら、外で待ち伏せていて、発動と同時に押し入るとかして相手に考える時間を与えない。
俺ひとりでは何もできないとたかをくくって放置したのか、それとも、本当はいるはずの後詰が何かの手違いでいなくなったのか。
「それとも、俺たちにも気がつかないような爆弾が、どこかに仕掛けられているか」
ちなみに言っておくが、ここで言う爆弾ってのはダイナマイトとかそういうマジで爆発するものではない。実際にそんなもんが仕掛けられていたら警察沙汰になってしまう。
「ばばば爆弾ですかぁ!?」
「まるっきりテロっすね」
だが、中には額面どおりに受け取ってしまう奴もいるので、そういうもんじゃないと慌てて付け加えることになった。もっとも、常に誰かがいるこの家に爆弾を仕掛けるのはすばらしく不可能だろうが。
「安心するが良い。物事を悪しきほうへ揺らがすようなまじないは、気配すらない」
そういうのに詳しい魅尾が断言する。
「てことはあれか?もしかしたら、今日の挨拶代わりだったとか?」
「They looks down on us very much(余裕ぶっこいてる)デース、disgustsデース!」
「敵の正体さえ明らかになれば、こちらから乗り込み、殲滅してくれるのだが」
一方で、常に後手になるせいか、こんな事を考える奴もいる。
「どのみち、今日はこのまま治まってほしいがな。今日はもう疲れた」
そして俺は天井を見上げた。嘘は無い。体力には自信があるが、昨日といい今日といい精神面でも疲れることが多かったからだ。
「今日と言わず、ずぅっと収まってくれたらいいんだけどなぁ・・・・・・あ?」
似たようなことを考えたのか、俺と一緒にそんなことを言っていたケイが、ふと何かに気付いたように口を閉じた。
「電話だっよー、電話だっよー。どうするーのー、でーるうーのー?」
かと思ったら、今度はいきなり歌いだした。ちょうどみんなが黙った瞬間だったので、全員の視線がそこに集中する。
「はーやくぅー、でーてよーねー、はーずかぁー、しーからぁー、りゅう兄ーちゃーん、かーらだーよー、はーやあーくー、でーてえーよー」
今更だが、ケイの奴は着信音である某大泥棒3代目のテーマに自分の言葉を器用に乗せて歌っている。かわいいからもうちょっと見ていたいんだが、呼び出しの音である以上放置するわけにもいかないので出ることにする。
「ぴっ。もしもーし、将仁か、将仁だな、オレだ」
ケイの眼の色が変わったと同時に、あのバカ兄の声がケイの口から聞こえてきた。
「なんだよバカ兄」
「おい、出るなりバカはねぇだろ」
「ホントのことだろ」
そこまで言ったところでふとケイのことを見ると、そのケイがショックな顔でこっちを見ていたのに気がついてしまった。
「あ、違う違う、ケイのことじゃないから」
あわてて宥めに入ると、ケイはすぐ機嫌を直してくれるが。
「なんかおめぇもすっかりお兄ちゃんしてるねぇ。兄の苦労ってぇのがちったぁ判ってきたか?」
その口から出てくるのはケイの表情とは全く違うあのバカ兄の声。りゅう兄はいつもこんな感じなんだが、ケイの口から出てくると妙にムカついてしまう。
「用があるならさっさと言え、こっちゃ色々あって疲れてるんだ」
おかげでついぶっきらぼうに言ってしまう。そう言ってもりゅう兄はいつも世間話とかすぐには話題に入ってくれない。
ごめん、ケイ。悪いのはりゅう兄だから。オレは心の中でケイに謝った。すると。
「ん、そうかい?んじゃ率直にいくが」
今日はやけに素直だな。と思っていたら、りゅう兄は妙なことを言い出した。
「おめぇんち、今日なんかやんの?」
「へ?」
つい間抜けな返事をしてしまった。
なんでも、りゅう兄は今うちの近くに来ているらしいんだが、その俺の家の前に変な一団がたむろっているのを見かけたんだそうだ。
兄貴が何をしに来たのかも気になるが、うちの前にいる連中のことはそれ以上に気になる。
俺は、とっさにケイの両耳をふさぐと、そのまま他のモノたちに声をかけた。兄貴に変なことを勘繰られないためだ。
「シデン、2階に上がって、ベランダから外を確認してくれ」
「心得た」
「鏡介。確か近くの十字路にカーブミラーがあっただろ、そこから家のまわりを確認してくれ」
「了解ッス」
そしてシデンが部屋を飛び出し、鏡介がエチケットブラシの鏡を覗きこむ。
「あー悪い悪い、んで何の話だったっけ」
そして、ケイの耳から手を離し、平静を装って答える。
「ああ、うちの前に誰かいるって話だっけ」
「ああ、知り合いじゃねぇのか?」
「うちに用があるんだったら呼び鈴のひとつも鳴らすだろ。それよりりゅう兄こそなんでこっちにいるんだよ」
「なんでってそりゃ、心配だからに決まってるだろ」
「ホントかぁ?」
「ウソなんかいわねぇって、もっとも心配してんのはお袋だけどな。んで、バイト帰りにでも見て来いってよ」
それで、実際に来て見たら、妙な連中がいたと。
そして、せっかく近くに来たんだからってことで、兄貴はやっぱりうちに来ることになった。まああの兄貴のことだから、来るなと言っても聞きゃしないんだろうが。
ただ、今日はその兄貴がいてくれることが、少し嬉しかった。決して口には出せないが、常盤さんが人間ではないと判ったとき、そしてこの家に人間は俺だけだと思った時、寂しさと不安が入り混じった、言いようのない気持ちになったから。
「なありゅう兄、どうせ来るならもう少し前もって言っといてくれよ。来年にゃ社会人なんだろ?」
「まだまだ学生のおめぇが言うなっての」
それがばれないよう憎まれ口を叩いたら、あっちからも憎まれ口で返されてしまった。