11.そしてみんな動かなくなった その18
「それにしても、魅尾。お前が妖怪だったとはねぇ」
「妖怪妖怪と申すな。わらわは白狐なるぞ」
「確かに白いですねぇ、私とおそろいですぅ」
「Japanese foxでbody colorがwhiteはrareデースねー」
「そうではなーいっ!御主らは白狐が稲荷明神の使いと言われておるのを知らんのかーっ!」
「じゃあ、お手柄の魅尾ちゃんに免じて、今日の夕食には稲荷寿司を作りましょう」
「お寿司っ!?わぁーい、ケイ初めてーっ!」
「寿司アルかー、生魚はちょと勘弁アルな」
「おい紅娘、好き嫌いしてると、でっかくなれねぇぞ?」
「中国には生魚食べる習慣ないアルから」
「えーと、紅娘。稲荷寿司ってのは、味付けした油揚げの中にご飯を詰めたもんでな」
そして、大きな問題が終わった、という安堵感からか、そこは和やかなおしゃべりの場となった。
それにしても。うちのモノたちに頭やら尻尾やらを撫でられるキツネ耳の少女をみていると、狐って本当に化けるんだな、とちょっと複雑な心境になる。
そこでふと、もう一人の妖怪の存在を思い出した。
時計の付喪神、常盤さんだ。まわりを見まわし、その姿を探す。だが、見つからない。
「常盤さん?」
声をかけてみても、返事がない。そして、まわりのモノたちも気がついたらしく、きょろきょろと自分のまわりを見まわしその姿を探す。
「どこ行ったんだい、あの弁護士さんは」
「先ほどまで、リビングにいたはずでしょう」
「面と向かうのが、怖いのかしら」
「But、sameなhomeにliveするデスから、somedayはmeetするデスよ?」
「そうですね、けじめはつけなくてはなりませんね」
突然、常盤さんの声がごく近くで聞こえた。
「うわぁっ!?と、常盤さん、い、い、いつのまにっ!?」
いつのまにか、その常盤さんが、俺の枕元に正座していた。しかも不思議なことに、他のモノたちは誰もどいた様子がなく、まるでテレポートでもしたかのようにそこに出現していたのだ。
そして、その常盤さんは、とても真剣な表情をしていた。いつもどこかに持っている穏やかさは微塵もなく、それどころか真剣勝負のような気迫さえ感じる。
思わず、俺も体を起して、常盤さんの前に正座してしまう。
「将仁さん・・・・・・・・・本当に、ごめんなさい。」
そんな異様な雰囲気の中、常盤さんは俺の目の前で、床に両手をつき、深く頭をさげてきた。
「もうお気づきでしょう。私は、人間ではありません。付喪神という、妖怪です」
そして頭をあげると、手を後頭部へと持って行き、そこにあるものを包んでいるフリルのついたハンカチを外し、横を向いた。
話には聞いていたが、そこには確かに、懐中時計などのネジを巻くのに使われる、リューズを人の拳大まで大きくしたものがくっついていた。
「このことを黙っていたのは、将仁さんに、私は人間だと思ってもらったほうが良いと、思ったからです。
ご存じのとおり、私は懐中時計が付喪神となったもの。ですが、私が西園寺の専任弁護士だということも、また事実。そして将仁さんは、私のような存在とは無縁の、ごく一般の学生として生活をされていました。ですから、私は、妖怪のことは一旦伏せて、一介の弁護士として接することにしたのです」
納得はできる話だ。確かに、今の時代、”妖怪です“なんて言っても新手のパフォーマーか何かと思われるのがオチだし、だいたいオカルト大好き人間でもなけりゃまともに取りあげないだろう。
でも、モノが人になる擬人化を目にしたら、妖怪だといわれても納得したと思うぞ。
「そして、相続の権利を有する将仁さんの近くにある機会を得た私は、その人となりを把握するため、観察を始めました。物を丁寧に使う人か、それとも乱暴に使う人なのか。自分たちを委ねて良い人かを、西園寺という家のモノの代表として、知りたかったのです」
「・・・・・・それは、初耳です」
「皆さんには、黙っているようにお願いしました。他にも、いろいろなことを口止めしていたのです。余計なことを知ったら、将仁さんは余計に西園寺の家を敬遠してしまう。そう思ったからです。
できれば、全てが終わってからお話ししたかった。何の心配も無くなってから、改めて西園寺の後継者になってもらおうと思っていました。でも・・・・・・それも、今日でおしまいです」
そして、常盤さんは改めて俺に向かうと、眼鏡をなおし、再び言葉を紡いだ。
「これはすべて私が考えて、私が皆さんにお願いしたこと。でもその結果、私はあなたを騙すことになってしまいました。
皆さんにも、多大な迷惑をかけてしまいました。・・・・・・本当に、申し訳ありませんでした」
そして再び、常盤さんは深く頭を下げた。いや、頭を下げるというより、完全に土下座だ。
常盤さんはそのまま、頭を上げない。
「常盤さ・・・・・・」
声をかけようとしたその時、常盤さんの体が小さく震えているのに気がついた。そしていつのまにか、平たく床についていた両手が、固く固く握り締められている。
さらに、とても小さな、押し殺したような、ひきつった声が聞こえる。
「・・・・・・さま、もう・・・・・・・ません・・・・・・だ・・・・・・した・・・・・・」
切れ切れだが、そんな感じだ。
それが、泣いているのだと判るのに時間はかからなかった。
常盤さんは泣き上戸だから、泣いた姿は何度か見ている。でも、素面で、しかもこんなふうに苦しそうに泣くのを見るのは初めてだった。
俺はその時、どんな顔をして、常盤さんのことを見ていたのだろうか。
「常盤さん。そんな事を聞かされて、俺が黙っていられると思ったんですか?」
声を殺しながらむせび泣く常盤さん、西園寺家を100年見守ってきた付喪神に向かって、俺がかけた言葉は、そんなものだった。
「俺は、自分のことを他人に決められるってのが大嫌いなんですよ。特に、知らないところで話を進められるのがね。・・・・・・西園寺の専属弁護士を続けるんだったら、そのぐらい見抜いてください」
「・・・・・・え?」
常盤さんは、驚いて顔を上げる。その涙でぐしゃぐしゃになった顔に向かって、俺は言葉を続けた。
「そ、それって・・・・・・」
「西園寺を継ぐって言ったんですよ。俺が西園寺を拒否したのは、俺を切り捨てた奴らだと思っていたから。そうでないと判った以上、俺が西園寺という家を拒否する理由は、無いじゃないですか」
その言葉は、いともあっさりと俺の口から出た。
すると、常盤さんの顔が、ぱっと明るくなった。しかし、次の瞬間にはまた暗くしょぼくれる。
「で、でも、まだ、将仁さんを狙う輩が」
「さっきも言いましたが、俺は自分の知らないところで自分に関係することが決められるのは嫌なんです。それに」
俺は、そこで一旦回りを見まわしてから、言葉を続けた。
「こっちだって、何も出来ないわけじゃない。違いますか?」
「・・・・・・あ・・・・・・うあ・・・・・・あ・・・・・・」
すると、常盤さんは口元を押さえ、言葉にならないような声を上げた。
「ほら、立ってください」
そして俺が手を差し伸べると、常盤さんはそれが命綱であるかのように、両手でしがみついた。
「あ、ああああ゛あ゛あ゛、あ゛い゛がろヴごらい゛わ゛ヴヴヴぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
そして、常盤さんは言葉にならない声を上げて、その場に泣き崩れた。




