11.そしてみんな動かなくなった その10
「わらわが、魅尾じゃ」
狐の耳と尻尾が生えた幼女を連れてきたときの、うちの電化製品トリオの反応は、みんな同じだった。すなわち、ぽかんとして硬直。
そりゃそうだろう。さっきまで動物だったのがいきなり耳と尻尾の生えた幼女になったんだから。
モノから人になるのは経験がある(そのほうがおかしいような気もするが)が、動物が人になったのは初めてだってのもあるんだろう。
「これが、こいつの正体なんだと。まあ宜しく頼む」
と言っても、みんな無反応。まあクリンや紅娘はわかるとして、テルミお前、その大画面でぼーっとした顔を映すのは、ちょっと危険な映像だぞ。
「のう将仁、反応がないぞ」
「驚いてるんだよ、付喪神以外の妖怪を見るのは初めてだから」
「むぅ、わらわは仲間はずれか。自分たちも物の化のくせに、つまらん喃」
と言いつつ、その中でも特に小さい携帯電話のほうへ近づいていく。充電器の上で開かれた携帯電話の画面には、当然のようにケイの顔が映っている。魅尾は、その前にうずくまると、画面をじーっと見つめはじめた。
「あ、え、えっと、な、なに?」
正気にもどったらしいケイが、なんかうろたえている。
「うーむ、お主、元はこんなに小さかったのか。いつもはわらわより大きいのに」
「しょ、しょうがないでしょ、ケイは元々携帯電話なんだから」
「うりゃ」
「きゃ!?」
と思うと、魅尾が何を考えたのか携帯の画面をつっついた。
「御主、この前、わらわの考えを読もうとしたであろ」
「えぅ、だって、何か言いたそうだったから」
「当たり前じゃ。御主等は道具であっても口をきくではないか」
そう言いながら、魅尾は携帯の画面に映るケイの顔目掛けてつんつんしている。なんか、おもちゃを手に入れた子供みたいだ。
「あ、あの、将仁さん。これは一体、どういうことでしょう?」
テルミが、俺に話しかけてくる。もっとも、声はスピーカーから出ているので、内緒話にはしたくても出来ないのだが。
「見たとおりさ。俺らがただの子狐だと思ってたのは、実は化け狐だったって事」
「That’s amagingデース、unbelievableデース、todayはmany many thingがproveするdayデース」
さすがのバレンシアも、驚きは隠せないようだ。
「で、でも、将仁さん。あの子に、狐色が、見当たらないのでしょう。本当にあの魅尾なのでしょうか?」
「本人がそう言ってる。今までは化けていたんだと。それがうまくいかなくて、あの姿を晒してる」
「Hmm、Japanese foxがshape shiftするナンテ、out of my knowledgeデース」
「で、その症状がお前らのそれと似てるような気がしたから、つれて来たんだ」
だから、本当だったらここで話し合いをしたいのだが。
「わらわの考えを読もうなどと、100年早いのじゃ」
「ふぇぇ、ごめんなさいぃ」
魅尾は、俺達の話が聞こえているのかいないのか、相変わらずケイの顔をつんつんしながら凄く楽しそうにしている。ますます子供っぽいんだが。
「ほら、魅尾、そのへんにしとけ」
「うひゃ!?」
このままでは埒が明かないので、魅尾の襟首をつまんで引っ張ってくる。せいぜい5歳ぐらいの体格なので、片手でも簡単だ。
「とにかく、いつまでもこのままじゃアレだ、色々問題がある。特に常盤さんがあのままなのは、いろいろな点で非常にまずい」
そして、会話が出来る奴らを集めて、車座になった。一応、動作で意思疎通が出来るので、鏡介にもそこに加わってもらう。
「いつもの姿になるのに、何かが邪魔しているって、言ってたよな?」
「う、うん。やり方はちゃーんと判るの。でも、それをやってもうまくいかなくって」
「体の感覚はあるのですが、そこから先が拘束されているようなのでしょう」
「それは、魅尾もそうなんだよな」
「う、うむ、わらわの場合、元がこの姿ゆえ“動けぬ”ということはないが」
「うぅぅ、魅尾ちゃん、羨ましいよぅ」
なんかケイが変なことを言ったようだが聞き流すことにして。
「さっき魅尾と話したんだが、この現象は、誰かが人為的に起こしたんじゃないかと」
「Hey, Master. What kind of thing?」
「つまり、誰かがこの家に何かやったんじゃないかってこと」
「おそらく、わらわたちの力を削ぐ陣を張ったんじゃろうな」
さっきまでお子様丸出しな行動をしていた魅尾が、一転して真面目な顔で答える。
「この建物を結界が包んでおるのじゃ。あやかしがあやかしの力を振るえぬようにする、な」
「・・・・・・じゃあ、ケイたちって、そのあやかしの力で、人の姿になっていたの?」
「そうなる喃。お主らは元が道具故、本来の道具の姿となっておる。もっとも、完全ではないようじゃがな。お主らの存在がよい例じゃ」
なんでも、本当に完璧にこの陣が張られていたら、ケイたちみたいに声や画像を映せる連中でも全くなにもできなくなるそうだ。
「では、その“陣”というものをどうにかしないと、私たちはずっとこのままということなのでしょうか?」
「そうじゃろうな」
「うぅぅ、そんなのやだよぉ」
ケイが泣き言を言う。まあそりゃそうだろうな。俺がこいつらと同じ立場にいたら、俺だって同じ事を言うだろうし。
「もっとも、どうにかする手が、無いわけではないがな」
だが、その魅尾の一言が、全員の期待の視線を集めることになった。
「人間がそういう陣を張るには、界を結ぶための物が必要になる。それはまじないの力を持たせた道具である場合もあれば、複数の術士が対象を取り囲む場合もある」
たとえば、家を建てる前、地鎮祭の際に青竹を四角く立てて注連縄を張る、あれもいわゆる結界の一種らしい。
「こんな街中で、術者がずっとそこにいるとは考えにくい、ってことは、道具を使っているってことか。じゃあ、それを除けばいいんだな」
「うむ、知らんと言っていたわりには頭の回転が良いではないか」
「一応、赤点は取らないようにしてるんでな。よし、んじゃ探しに行くぞ」
言うなり、俺は魅尾を小脇にかかえて立ち上がった。
「うひゃ!?こ、これ、何をする!」
「俺じゃわからねぇんだ、おまえも来い」
「こりゃあ!そんなことせんでも行かれるわ!」
「俺が持って行ったほうが早いだろ、いいから捕まってろ」
そして、俺は部屋を飛び出した。