11.そしてみんな動かなくなった その8
「申し訳ないでしょう、私たちが至らぬばかりに」
「テルミのせいじゃないよ、謝らなくていいって」
それから20分ほど経ったころだろうか。家のなかから集めてきた道具が、中にテルミの姿が映るプラズマテレビの前の床に並べられた。具体的には、ケイだった携帯電話、クリンだった浴用スポンジ、鏡介だった洗面用角鏡、シデンだったラジコンのゼロ戦、バレンシアだったノートパソコン、紅娘だった中華鍋とお玉、そして、常盤さんだった年代物の懐中時計だ。
その中で、まともに声が出せるのは、モノの時にもスピーカーがあったケイ、テルミ、バレンシアの3人。鏡介は、姿は鏡に映るんだが、声が聞こえない。シデンは、スイッチを入れたらプロペラが動くが、それはただのラジコンと変わらない。そしてクリンと紅娘はそういうものすらないので、全く反応がない。そして常盤さんだが、意識があるのかないのか、チクタクチクタクと動いてはいるのだが、それ以外の動きが見られない。
ちなみに、オフロードバイクのヒビキと3ドア冷蔵庫のレイカは、俺一人で運ぶのは到底無理(バイクを2階から1階へ下ろす方法がなく、冷蔵庫は一人で運ぶには重すぎる)なので、朝にいた場所で待機してもらっている。
「しかし、テルミも分からないのか」
「はい、あまりに突然で」
テルミに、何があったのかを聞いてみたが、その答えはケイやバレンシアと同じで、突然すぎて何があったのか判らないというものだった。
鏡介に聞いてみると、鏡の向こうで「そのとおりだ」と頷いている。
困った。いきなり、手詰まりだ。何があったのかが判らなければ、手の打ちようもない。
「お前たち、戻ろうとはしてみたんだよな」
「うん。でもそれがうまくいかないっていうか」
「意識ははっきりしているのですが、体が動かないような感じなのでしょう」
「Suchなphenomenon(現象)は、first experience(初体験)デース。Japaneseでは、probably”カラシミソ”と言うデスよね」
そして鏡介が鏡の向こうで一度頷いてから今度は激しく首を振り、さらに激しく体を動かして全力で否定している。
「それを言うなら金縛りだろ」
「Yes, yes, それデース!」
ちょっと呆れつつも一応突っ込んでやると、バレンシアはあたかも今初めて気付いたような反応をする。それデースじゃないだろ、全くこいつは、真面目にそう思っていたのか、ふざけただけなのか、判らないボケをするから困る。
だが、その一言で、場の雰囲気がちょっとだけ和らいだ。
しかし、こんなこと誰にも相談できないぞ。唯一そういうことが出来そうな常盤さんは時計になっちゃったし、ケイやバレンシアにインターネットで、なんてのも無理だろ。
「他に動ける奴は・・・・・・」
いないと思うが、それでもぐるっと部屋の中を見回してみる。すると、部屋の隅に置かれたダンボール箱に目が止まった。
子狐の魅尾のベッドだ。あれは他の連中と違い元から動物だから動けるだろう。
「いや、常識的に考えて無理だろ」
だが、ずぐにそれはダメだろうと思い直した。だって相手は獣だもん。話が通じるわけが無い。俺の力はどうやら生き物には通じないみたいだから、擬人化させることもできないし。
しかしそれでも、ちょっと気になって箱の中を覗いてみた。
「あれ?どこ行った?」
そして、俺が外に行くまで寝ていたはずのその子狐が、影も形もなくなっていることに気付いた。
人間、出来ることと出来ないことが目の前にあったら、出来ることに感心が向くものだ。その時の俺は、ケイたちを戻すよりも、魅尾を探すことに気が向いてしまった。
「魅尾、いないの?」
「私が覚えている限りは、眠っていたはずなのでしょう」
「Hungryでfoodでもhuntしにgoしたデスか?」
「野生に目覚めたってやつか?」
「Yes, yes, certainly.」
そんな元気があるんだったら、普段からもっと動き回ってもいいと思うんだが。
そう思いつつ、何気なく鏡介のほうを見ると、鏡介がなんか俺の後ろを指差していた。しかも、俺に「後ろを見ろ」と言わんばかりに指をつんつんと前後させている。
なんだ?と思いつつ、俺は後ろを見た。
そして、僅かに開いた部屋の扉からこちらを覗き込む、いないはずの何者かの姿を、見つけてしまったのだ。そいつは、こっちが何をしているのかを伺うように、きょろきょろと目を動かしている。
「誰だ!」
俺は、反射的に大声で叫んでいた。
今、家の中に居て、自力で動けるのは俺だけだ。それ以外にいるとしたら、空き巣か泥棒か、それともこの前現れた壁から女か、いずれにしても外からの侵入者だ。
案の定、俺の声に驚いたらしいその人影は、ばっとそこから逃げ出した。
「待て!」
反射的に声を荒げて駆け出す。
今、動けるのは俺だけだ。なら、俺が何とかしなくては。そのときは、それだけを考えていた。