11.そしてみんな動かなくなった その5
「マジか・・・・・・」
とにかく、みんなの状況を把握するのが先だと考え、まずは隣のヒビキの部屋に入ると、布団の上に赤いオフロードバイクが横たわっていた。
そして俺の部屋には、さっき見た鏡介が、布団の上に置いた鏡のむこうで必死に身振り手振りしている。
そして、常盤さんとバレンシアの仕事部屋、またの名を常盤弁護士事務所をのぞく。
「やっぱりな」
書類と書物がびっしり入った本棚の前に、半開きになったノートパソコンが横倒しになって転がっていた。バレンシアだ。
「お前もか」
そのノートパソコンを拾い上げ、常盤さんのデスクの上に置く。
そして、この前うちの擬人化が(自主的に)モノになった時に言っていたことを思い出して、スイッチを入れてみる。
すると、フイィィィィンという久しぶりに聞く音と共に、パソコンの画面に文字が出た。
そしてしばらくカリカリカリという音がすると、パソコンのディスプレイにぱっと人の顔が出た。
「Oh, Master!Are you sure!?」
そしてその顔、金髪碧眼でメガネの女の子が声を出す。どこで見ているのかは判らないが、どうやらあっちからも俺が見えているらしい。
「おいバレンシア、何があった!?」
「ミーにもcan’t knowデース、What happenデス?」
「うーん、やっぱ判らねーか」
「バレンシアちゃんも判らないんだ」
「Hmm、ミーもnot dominion(神様じゃない)デスからー」
うーん、何があったんだろう。
「あ、Master、ミーにpower cableをconnectして欲しいデース。ミーはa little bit hungryデース。Nowのミーは、batteryがdownしたらmaybe cannot moveデスかーら」
なんか、すごく久しぶりに感じる二人の会話を聞いていると、バレンシアがそんなことを言ってきた。つまり、バッテリー切れしたら喋れなくなるってことだ。
ACケーブルが近くに転がっていたので、それを拾ってコンセントに繋ぐ。
そして、ケイは充電とかしなくて大丈夫なのかな?なんてことを考えながらふと常盤さんの椅子を見ると、そこにはまるで着ていていきなり中身が消滅したような感じに女物のスーツが散らばっており、その真ん中に、鈍く光る見覚えの無いものが置いてあった。
「なんだ、これ?」
それは、手の平におさまるぐらいの、極めて年代モノの懐中時計だった。首とかに掛けられるよう、金色の鎖が繋がっている。
フタをあけると、ローマ数字が書かれた綺麗な文字盤と、意匠が凝らされた長針と短針が見える。俺が見ても、骨董品としても美術品としても価値がありそうに感じられる。そして、相当の年代モノと思えるのに、ちゃんとチクタクと動いている。
もしかして、西園寺の遺品のひとつなのかも知れない。けど、なんでこんなところにあるんだ?
「あ、えっと、お兄ちゃん?」
すると、ケイが、おずおずといった感じで口を開いた。
「ん、どうしたケイ」
「あのね、その時計なんだけど、その・・・・・・」
だが、今度は妙に歯切れが悪い。
問いただすと、「驚かないでね?」と前置きしてから、ケイは意外なことを口にした。
「その時計ね、常盤さんなの」
「ああ、常盤さんのなのね」
「ううん、そうじゃなくて、その時計が、常盤さんなの」
「・・・・・・へ?」
時計が、常盤さん?一瞬、思考が硬直する。
モノが擬人化するのは何度も見てきたし、現に今話をしているケイやバレンシアもそうだ。
でも、常盤さんは俺が擬人化の力を発動させる前からいた。というか、常盤さんのせいで擬人化の力が発動するようになったはずなんだが。
ってことは、俺のほかに擬人化の力を持つ奴がいるってことか?
「That’s differentデース」
すると、バレンシアがそんなことを言った。
「常盤さんはね、自分から人の姿になったの」
「・・・・・・へ?」
「Master, do you know “Tsukumo-gami”?漢字でハ、write like thisデース」
そして、画面に映ったバレンシアが、“付喪神”と書かれたフリップを出す。
「ケイも、常盤さんから教えてもらったんだけどね。道具って、出来て100年を過ぎると、命を持つことがあるんだって。そういうのを、付喪神って言うんだって」
二人の説明を聞いて、ようやく思考力が回復してくる。
「・・・・・・じゃあ、常盤さんは、その付喪神ってやつ、なのか?」
「うん、そうなの。ごめんね、黙ってて」
「いや、いいよ」
うん、まあ確かに常盤さんが人間じゃなかったってことは衝撃だが、思い返してみると、常盤さんがうちのモノたちと妙に仲が良かったのは、自分も似たような存在だったからだろうし、オカルトっぽい知識を持っていたのも、自分自身がそういうオカルトっぽいものだったからなのだろう。
だが、それでもひとつ、気になる事がある。
「お前たち、いつからそのことを知っていたんだ?」
本当なら、これは俺だって知ってなきゃいけないはずの話だ。でも、ケイの口ぶりだと、それを知らなかったのは俺だけのようなのだ。
どうして俺だけに知らされなかったのか。それを言い出したのは多分常盤さんだろうから、それはあとで本人から聞くことにして、今はこいつらが知っていることを聞き出すことにした。
「・・・・・・あのね、ちょっと長くなるけど、いい?」
俺からの質問の後、二人ともしばらく黙っていたが、やがて、ケイが口を開いた。