11.そしてみんな動かなくなった その4
昼を大きく回ったころ、俺はようやく家に帰って来た。
今回のスパーリングは、あっちもデビューを控えていることもあり1ラウンドだけで終わったが、それでもけっこういいのを喰らってしまった。
特に、先輩が最近得意にしているショートレンジから右腹に喰らったボディーブローが強烈で、今でも腹に力を入れるとじわじわと痛くなってくる。まだまだ、防御と回避の練習が必要なようだ。
だが、玄関のドアを開けた、その先に展開する光景に、俺はその痛みも忘れて呆然としてしまった。
なんでって、そりゃ、玄関の上がりかまちに60インチのプラズマテレビがひっくり返っていれば普通は驚くだろう。
「何やってんだ、テルミ」
ひっくり返ったテレビを起こしながら、声をかける。また、こいつら、元のモノになって脅かそうってのか。
それに対し、テレビはウンともスンとも言わない。もしかして拗ねちゃったのかな。
とにかく廊下に転がしておくのはまずいので、リビングに運び入れる。プラズマテレビってのは意外に軽いから、一人で運ぶこともそんなに難しくない。
「よいしょっと」
部屋の隅に立てておく。そして部屋の掛け時計を見ると1時を回っていた。
ふと、リビングからキッチンを覗く。そして、そこにまた変な光景を見た。
ダイニングキッチンの前に、横倒しになった冷蔵庫が、それこそ無造作に投げ出されていた。そして、ガスコンロには鍋が載って、火が点いたままになっている。
「おい、レイカ、ガス点けっぱなしだぞ」
中を見ると、味噌汁らしい茶色の液体が煮立っていた。そしてその冷蔵庫はガスコンロの真ん前に横たわっているので、申し訳ないと思いながらもその上に乗ってガスコンロの火を消す。
「全く、お前らしくない」
乗りっぱなしでいるのも悪いだろうから、急いで下りて声をかける。レイカは、恥ずかしいのか反応しない。
とにかく、横倒しになったままでは邪魔すぎるので起こすことにする。
「メシはまだか?」
起きたところで声をかけたが、冷蔵庫はやっぱり返事をしない。
こう無視されると、なんか不安になる。
が、とりあえず、走って汗をかいたので、着替えるために2階へ上がることにした。
妙に静かだ。どうやら、全員またモノに戻っているらしい。
部屋の真ん中に敷いてある布団では、A3ぐらいの大きさの鏡が夏掛けの下から顔を覗かしていた。夏掛けをはがして覗いてみると、俺の顔が映る。鏡だから当たり前だ。
と、突然それが異常なほど驚いた顔になった。それもただの驚き顔ではなく、まるで何かを訴えようとしているように、身振りを交えてじたばたと何かをしている。
鏡像が自分と違う動きをするなんて普通はホラーな光景だが、動きがなまじコミカルなのでなんだか笑ってしまう。
「おい、鏡介。何か言いたいなら、戻って喋れよ」
すると、鏡に映った俺は、猛烈に首を横に振り、自分の口を叩く。なんだろう?
ふと、その耳に何かの音が聞こえてきた。部屋を出ると、それはただの音ではなく、何かの音楽のようだった。
その音は、2階の南にある部屋から聞こえる。ケイとシデン、それからバレンシアが私室兼寝室として使っている部屋だ。そして流れている音楽は、ケイが呼び出すときに流す、某宇宙人映画のテーマだった。
「入るぞ~」
一応は女の子の部屋だ。言葉をかけてから部屋に入る。
遮光カーテンで薄暗い部屋の中には、布団が3人分敷かれ、夏掛けがそこに掛けられている。某宇宙人テーマの着信音は、その夏掛けの下から聞こえる。
夏掛けをめくると、いつもより大音量で着信音を鳴らす携帯電話があった。
「お兄ちゃん!」
通話にして耳に当てた瞬間。聞きなれたケイの、いつもらしからぬ裏返った声で俺を呼ぶ声が、スピーカーから聞こえてきた。
「わっ、て、ケイどうし」
「たたた、大変、大変なのーっ!」
この口調はただ事ではないようだが、大変って、何が大変なんだろう?
そしてその後に続く言葉は、確かにただ事ではないものだった。
「戻れなくなっちゃったのーっ!」
「へ?って、お前、また脅かそうとしてんだろ。この前みたいに」
「ちーがーうーっ!今度はホントなのーっ!ホントに戻れなくなっちゃったのーっ!」
うん、これは、どうやら、マジらしい。って、落ち着いている場合か、俺。
そして、事の重大さに気付いた俺は、慌てて隣の夏掛けを全力でめくり投げた。
そこには、ラジコンのゼロ戦が、ひっくり返って置いてあった。言うまでも無い。シデンだ。
「どうなってんだ?」
「わかんない」
「もしかして、俺の擬人化の力が、無くなったってことか?」
「ううん、それは違うと思う。だってそうなったら、ケイもいなくなると思うもん。そうじゃなくて、なんて言ったらいいのかな、何かが、ケイが人の姿になるのを、邪魔しているみたいなの」
「邪魔!?誰が」
「そんなの、わかんないよぉ!」
ケイと話をして、事の重大さがわかってくるに従い愕然としてしまった。