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もののけがいっぱい  作者: 剣崎武興
11.そしてみんな動かなくなった
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11.そしてみんな動かなくなった その3

ボスッ、ボスッ、ドスッ。

ボクシングジムに、鈍い音が響く。サンドバッグをぶん殴る音だ。

そしてそれを殴っているのは俺だ。練習のひとつとして、1ラウンド3分間の打ち込みをしている。

俺は週一回、日曜日の午前にボクシングジムに通っているのだ。

兄貴、というかうちの実家は、表向きは鍼灸院のくせになぜか真田流兵法術という武術が伝わっている。それを箸を持つ前からやってるうちの兄貴は、吹っかけることこそしないが、とにかくケンカが強い。かく言う俺も、施設にいたころは年上で番長格だった奴をぶちのめしたぐらいにケンカには自信があったんだが、それが手も足も出なかった。

今から思えば10歳にもならないガキ相手のケンカにそんな武術を引っ張り出してくるのもかなり大人気ない話だが、その時こてんぱんにされたため、俺の中に「いつか兄貴を叩きのめしたい」という感情が出来たのは事実だ。

その手段として選んだのが、ボクシングだった。

「よし、おわりっ」

ジャージ姿に丸刈りの、ちょっといかついおやっさんが、サンドバッグを殴る俺に声をかけてくる。その声で俺は打ち込みをやめ、肩や手首をほぐす。

このおやっさんは、この三好ジムのオーナーの三好鉄太郎。昔はミドル級で結構ならしたボクサーだったらしいが、そのボクシングで目をやられて引退、でもチャンピオンになる夢が捨てきれずにジムを作ったという、どっかで聞いたような経歴の持ち主だ。

「相変わらずいいパンチだな」

おやっさんはさっきまで俺が叩いていたサンドバッグをぱしぱしと手のひらで叩く。

「もうすぐプロテストがあるんだが、お前はどうする?」

「受けるつもりは無いです」

「そう言うな、うちのジムで1年以上やってて、テストを1回も受けたことが無いのはお前だけなんだぞ?腕試しと思ってやってみろ」

「プロになるつもりはないですから」

おやっさんは、俺がいくら断っても、いつも「そういわずに」と食い下がってくる。

俺をプロにしたがっているのだ。このジムに入って間もないころから、おやっさんは俺のパンチを褒めては「プロテストを受けてみないか」と誘ってくるようになった。

なんでも、俺のパンチは「見えない」そうだ。しかも、プロですら見えないらしい。

プロですら出来ないことを簡単にやってみせるなんて、俺って天才!?なんて自慢したくなるが、実はこれには裏がある。それこそが、実家で中学生までやっていた、真田流兵法術の打法だ。

真田流の打法は、一般的な格闘技に比べ、確かにスピードが速いが、他にも色々あって、非常に見づらく、防御も回避も難しいものらしい。ここから先は親父からの受け売りだが、真田流兵法術は、戦国時代に合戦場で一対多となった際に各個撃破することを想定して作られた、いわゆる無刀取りの一種なんだそうだ。しかも敵を倒すために時間をかけていたらこっちが倒されてしまうので、一人一人をなるべく短時間で倒すことを理念とし、その結果、この打法になったらしい。

まあそれはともかく。そんな奴が目の前にいるんだから、おやっさんが期待したくなるのは判る。

だが、おやっさんには悪いが、俺はボクシングで世界を獲る気はない。そもそもそういうつもりでボクシングをやってるわけではないし、それに真田流の先人であるうちのバカ兄を倒さない限りは、(なれるとは思えないが)仮にチャンピオンになったとしても、目の前に壁があり続けるからだ。

「じゃあちょっと頼まれてほしいんだが」

やがてあきらめたのか、おやっさんはジムの真ん中にあるリングに目を向ける。

そこには、トレーナーを相手にコンビネーションの練習をする、俺より3歳ほど年上の男がいた。

彼は穴山真治。先日、バンタム級のプロライセンスを取得して、プロの仲間入りを果たした男だ。そして、再来週のデビュー戦に向けて目下調整中の身だ。ちなみに、俺より前からジム通いをしている、ボクシングにおける先輩の一人でもある。

そいつのスパーリング相手をしてやってくれというのが、おやっさんからの頼みだった。

「全く、先週来ないから、何かあったんじゃないかって心配したんだぜ?」

俺がヘッドギアをつける間、穴山はロープにもたれかかりながら、とても楽しそうに声をかけてくる。

実はこの穴山真治という男、階級が俺とほぼ同じなので、俺がスパーリングパートナーを勤めることが多く、結果としてこのジムで俺のパンチを一番食らっている奴だ。はじめは「プロになる気がない奴があんなパンチを打つなんてインチキだ」と言っていたんだが、最近では逆に「見えるパンチのスパーリングじゃ物足りない」とわざわざ俺を指名するようになってきた。

おかげで、俺も色々教わることができた。何を隠そう、攻撃は最大の防御を地でいく真田流最大の欠点、「攻撃されたときのガードが甘い」という事実を知ったのも、こいつとスパーリングをするようになってからだ。

「まあスパーリングだし、互いに7割ぐらいの力で行くか」

「ういっす」

そして、リングの中央で互いの右拳を軽くぶつけるのを合図に、俺らのスパーリングが始まった。

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