11.そしてみんな動かなくなった その2
あまりすっきりしない空模様だ。そうか、太陽が隠れていたから過ごしやすかったのか。まだ暑い日が続くとはいえ、9月も後半になればねぇ。
そんなことを考えながら郵便受けへ向かい、新聞を取り出す。この新聞は常盤さんがとっているやつで、俺は一面とテレビ欄ぐらいしか見ない。今日は日曜なので日曜版が入っていて、いつもより少し厚い。
「そういや、この新聞の日曜版って、中見たことないんだよな」
ふとそう思って、日曜版を中から引っ張り出す。
「わっ!?」
そして、手を滑らせて、チラシを庭にぶちまけてしまった。
これはヤバイ。ヤバイが、このままでいるのはもっとまずいので、とにかく拾うことにした。チラシのほとんどはどうでもいいようなものだが、中にはスーパーとかのチラシもあり、レイカとかが見るだろうから疎かにはできない。
「えーと、他には無いよな」
ひととおりかき集めて、チラシが落ちてないことを確認する。すると、さっきはなかったはずのものが、視界に入ってきた。
それは、なんか見覚えのある白いネコだった。正確に言うと、白地に黒い縞という、ミニチュアの白い虎みたいなネコだ。そいつが、なぜか新聞を咥えてちょこんと座ってこっちを見ていた。
自分が持っている紙の束を見ると、一番重要なはずの通常版がない。ということはこのネコが咥えているのが、その通常版なんだろう。
「おい、それは魚じゃねーぞ、食っても美味くないから、ほら、返せ」
日曜版とチラシだけ持って行ってもしょうがないので、そいつの前にしゃがみこんで、そのネコに新聞を離すよう言って手を出す。
逃げる様子がないので、そーっと手を伸ばす。引っ掻かれるかもしれないが、テルミに啖呵切っちまった以上は持っていかないとダメだろう。
そして、あと1センチぐらいまで近づいた時だ。
さっきまでじっとしていた白ネコが、まるでスイッチが入ったように全力で走り出したのだ。しかも、新聞を咥えたままでだ。
「わっ、こら待て!」
つまり、新聞を持って逃げ出しやがったのだ。
とっさに、日曜版とチラシを丸めて郵便受けに突っ込み、そのネコを追いかける。スニーカーを履いてきて良かった。
道路に出ると、白いネコが左手のほうへと走っていくのが見えたので、ダッシュで追いかける。
登場人物が年をとらない某アニメのオープニングテーマよろしく、ネコを追いかけることになってしまった。ネコが咥えているのは魚ではなく、追いかける俺は裸足ではないが。
「くそ、あれ?」
って、なんだこれ?あのネコ、めちゃくちゃ足が速い。全然追いつかない。
「まてーっ!」
もう恥も外聞もなく、全速力で追いかける。朝の住宅街を大声を出しながら走る、というのは色々と問題なんだが、そんな場合ではない。
そしてどの位追いかけただろう。
俺がいい加減疲れてきたところで、その白ネコが突然立ち止まった。そして振り向くと、今まで決して離そうとしなかった今日の新聞を、あっさりと地面に落としたのだ。
へろへろになりながらなんとか追いつき、新聞を拾い上げたときには、そのネコは近くの藪へと消えていた。
「はぁ、はぁ、な、なんだったんだ」
新聞を取りに行くのにいつまでかかっているんだ、と言われてしまいそうだが、起き抜けで準備運動もなしに全力疾走したためか、なかなか息が収まらない。
ふと周りを見る。
「・・・・・・どこだ、ここ?」
我に返り、周りを見回すと、見覚えの無い場所だった。
このへんは住宅地なので、電柱を見れば住所が判る。それを頼りに、ちょっと恥ずかしい思いをしながら、俺はなんとか自分の家に帰ってきたのだった。
思えば、これが今日の午後、わが身に降りかかる災厄のプロローグだったのかもしれない。