10.なにがお嬢様だ その23
「なるほどねえ」
荷造り用のビニール紐で手足を縛られ、床に転がされたバレンシアを見たヒビキがそう漏らす。バレンシアは、逃げようとしているのか必死に体をよじるが、じたばたと暴れるだけとなっている。さらに今は口にさるぐつわを噛まされており、まともに声を上げることすら出来ない。
しかも、メガネが落ちて電撃を撒き散らさないようメガネの上からタオルを巻いて、目隠しのようにしている。
なんというか、人さらいが人質を絶対に逃がさないためにしているような姿だ。ちょっとやりすぎのような感じもするが、今のバレンシアは何をするか判らないのでしょうがない。
俺達は今、買い物から帰って来たヒビキとレイカを交え、未だに正気に戻らないバレンシアを前にリビングに全員集合していた。いつもならレイカたちが夕食の支度を始める時間だが、いまはそんな状況ではないからだ。
「それにしても、その壁から出てきた女、というのを逃がしたのは手痛いわね」
「う、す、すまん」
「おいレイカ、過ぎたことをどうこう言ってもしゃあねえだろ」
「ヒビキサンの言うとおりアル、カベから出てきてカベの中に消えたじゃ、将仁サンが追いかけるは不可能アル」
「今はそれより、バレンシアさんを戻すのが先でしょう」
「しかし戻すと言ってもどうすれば良い?叩けば治るというものではないのだろう」
「はぁ、困りましたねぇ、こういう事態に一番詳しいのが、バレンシアさんだというのにぃ」
そうやって、みんなで車座になって頭をつき合わせているのだが、なにしろそっち方面に詳しい奴がいないので、正直手詰まりなのだ。
そんなときだ。
ききーっ、というブレーキ音が、外から聞こえてきた。どうやら、鏡介とケイが帰って来たらしい。
「私が、行って来ましょう」
「ああ、頼む」
テルミが立ち上がりながら口を開いたので、申し訳ないが二人の出迎えは彼女に頼むことにする。
「ただいまー!」
「すいません、遅くなりましたー」
間もなく、ケイの元気な声と、鏡介のちょいとのんびりした声が聞こえる。
「あーっ、もう今日は疲れちゃっ・・・・・・」
「結局ほとんど何も食べないで・・・・・・」
そしてテルミに出迎えられながらリビングへとやってきて、そして絶句する。当たり前だ。この重い雰囲気に加え、バレンシアが手足を縛られ、さるぐつわを噛まされ、床に転がされているんだから。
「な、お兄ちゃん、バレンシアちゃん、どうしたの!?」
「何があったんスか!?」
二人がそんな疑問を持つのも当然だ。
その二人のため、さっきあったことを話す。メガネを外してみせればすぐに納得してもらえるんだろうが、ここには雷に弱い電気製品たちが多いので危険すぎる。
「ねえお兄ちゃん。ケイが、バレンシアちゃんの考えていることを見てみよっか?」
ケイがそう申し出てくれた。さっき、俺もちょっと考えた事ではあるが、却下させてもらった。なぜかって、もしこれがウイルスの仕業だとすると、それを見てしまったケイにまでうつる可能性があるからだ。パソコンから携帯電話へ感染するウイルスがあるかどうかは知らんが、データをやり取りすることはできるらしいから、無いとは言えない。
こればかりは、常盤さんに相談しても無駄だろう。あの人は極めてアナクロな人だから、最先端技術のことは賀茂さんの英語なみにダメだからだ。
しかし、医者に連れて行くってわけにもいかないし、かといって修理屋に頼むってわけにもいかないし、全くどうしたもんか。
「・・・・・・あ、まさか」
みんなして頭を突き合わせて考えていたところ、不意に鏡介が声を上げた。
何事かと視線がそっちに集中する中で、鏡介は制服の内ポケットから何か四角いものを取り出してみんなに見せた。
それは、どこにでもありそうなごく普通のCDのようだった。見ただけではCDかDVDかは判らないが、とにかくそういう記録媒体だ。
「なんだかよく判らないんスけど、パーティーの帰り際に、近衛さんに渡されたんスよ。何が入っているのか教えて貰えなかったんで、帰ったらバレンシアさんかテルミさんに見て貰おうかと思ってたとこなんです」
鏡介からそのディスクを受け取って見てみる。一見したところただのCDで、急ごしらえだったのかラベルも何もついていない。ケースのほうも同じでやはり何も書かれていない。
「ちょっと、見せてもらっても、いいでしょうか?」
そのディスクを見たテルミがそう言ってきたので、渡すことにする。テルミは元々DVD再生機能があるテレビだったから、限定的ではあるが中を見ることができるんだ。
テルミは、ケースからディスクを取り出すと、表裏を確認した上で、エプロンの胸のところにあるポケットにそのディスクを差し込んだ。何のまじないだ、と思うかもしれないが、実はあのポケットが、彼女のDVD再生機になっているのだ。
目を閉じ、テルミはそのディスクの中身を調べ始める。
その場にいた全員(正気を失っているバレンシアを除く)が固唾を飲んで見守る中、しばらくするとテルミのポケットからディスクがにゅーっと半分ほど顔を出した
「はぁ、残念ながら、音声でも画像でもないのでしょう。私では見ることが出来なかったでしょう」
エプロンから出てきたディスクをケースに収めながら、本当に残念そうにテルミがそう言った。
「それじゃあ、やっぱりパソコンのソフトなのかなぁ」
ケイがつぶやく。それは間違いないだろう。だが今のバレンシアに、読むことができるんだろうか。それに、仮に読めたとして、このディスクの中身がもっと悪質なものだったら、それこそバレンシアは再起不能になるかもしれない。
だが、今、他にできることがないのも確かなのだ。
「やらせてみるっきゃ、ないんじゃないかい?」
逡巡を繰り返していた、俺の背中を押したのは、ヒビキが発したその言葉だった。
「いいかげん、押さえるのも飽きてきたし、腹も減ったし」
「うむ、我も同感だ。下手の考え休むに似たり、と言うからな」
シデンがそれに同意する。
おかげで。俺も腹が決まった。




