10.なにがお嬢様だ その20
何だと思って顔をそっちに向けると、なんと、何も無いはずの壁から、人影が飛び出してくるところだった。
「どぅわぁっ!」
「あいったぁ!」
その人影は、そのまま俺の上に落ち、そして転がると床に尻もちをついた。
「な、なんや今のは?」
その人影は、床にしゃがみ込んで顔をあげる。年のころ10代半ばぐらいだろうか、鼻の回りにそばかすが見られる女の子だ。黄色いだぶだぶの服を着て、頭にはユニコーンみたいな角が前に生えた、昔の中国の役人が被ってそうな四角い緑色の帽子を頭に載せている。
なんか、中国の映画に出てきた術師みたいだ。だが壁から出てきた時点でそんなもんじゃないのは明らかだ。さらに、カツラでも被っているのか、鬣のように豊かな髪の毛までが黄色、金色ではなく、染めたような黄色なのだ。
「あ、おおおお呼びでないみたいやな、ほな失礼しま」
目があった瞬間、そいつは愛想笑いを浮かべて逃げようとした。
「おい」
「ひゃいっ!?」
逃がしたらまずいと思った俺は、とっさにその女の肩を掴んだ。
「ななななんでっか?」
「逃げるな」
「そないゆうたかて、あー、うちがおってもお邪魔やろ?」
「いいから逃げるな、お前も手伝え」
どうにかして逃げようとするその女(?)の首根っこを掴み動きを抑える。
「あzsxdcfvgbhんjmk、l。;・:¥!」
だがそれ以上説得している時間はなかった。バレンシアがこっちを向いて、目から電撃を飛ばしてきたからだ。
「わひゃ!?」
「こっちだ!」
「く、首ひっぱらんといて!」
急いでその場から離れる。その直後、俺たちがいたところに青白い火花が飛び散る。
そうしているうちに判ったのだが、どうやら、バレンシアの目から出るスパークは連続で発射することが出来ないらしい。とはいえ、一撃と次の一撃の間にどの程度の間隔があるのかはまだ判らない。そして、ソレを突き止めるまで観察していたら、俺のほうが先にくたばりそうだ。
「くそ、どうすればいい」
そう考え、動きが止まってしまった、その時だ。
「上官!こっちだ!」
入ってきたドアとは反対側、バルコニーのほうから声がした。見ると、シデンがバルコニーへ出るガラス戸を開いて、その窓に半身を隠しながら懸命にこっちを手招きしていた。
考えるより先に体が動いていた。全速力で駆け出すと、俺はそのガラス戸に飛び込んでいた。
そこから俺が飛び出すと同時に、シデンが、ガラス戸が割れるんじゃないかと思うほど勢い良く閉めた。その後ろからバシッバシッという音がするが、絶縁体であるガラスは電撃を見事に防いでくれている。
「大丈夫か、上官!」
「あ、ああ、助かったよ、ありがとう」
「当然だ、指揮官がいなくては軍は成り立た・・・・・・ん?」
俺を救助したということで得意げだったシデンだが、それがあるものを見て急に目つきを険しくさせた。
その視線の先には。俺が首根っこを掴んで部屋から引っ張り出した、黄色い服の女が目を回して横たわっていた。
我に返り、まだ彼女の襟首を掴んだままだと気付いた俺は、慌ててその手を放す。
「けほっ、けほっ、くはぁっ、苦しかったわぁ~」
その女はまるで何かにむせたように何度か咳をしてから顔を上げる。
と、そこで仁王立ちして非常に怖い顔でこっちを睨みつけるシデンと目があった。
「あ、ま、毎度」
「上官、この女は何だ。まさか、この緊急事態中に、10人目を召喚したのではあるまいな?」
壁から出てきた女は愛想笑いを浮かべるが、シデンはそれに対しあからさまに疑り深い目を向けている。シデンの奴は結構嫉妬深いらしく擬人化が増えるとそのたびに文句を言っているから、今回もまたそのケースだと思っているんだろう。
「俺にも判らん、さっき突然壁から出てきた、俺は何もしてない」
だが、俺が正直なことを言うと、シデンはものすごい勢いでその女のほうに向きなおり、胸倉を掴んでぐいっと引っ張り上げた。
「きっさまぁ、どこから闖入した!言えッ!言わぬとただでは済まさぬぞッ!」
そして男より男らしい声で恫喝する。
「わひゃあ、暴力反対、暴力はアカン!うちなんもせえへんから!」
それに対し、黄色い女は両手を上げてどこか怪しい関西弁で抗議する。
「落ち着けシデン、今はそれどころじゃないだろ」
とりあえずシデンの手を放させる。
「とにかく、ここはバレンシアの電撃を抑えなきゃならん。シデン、お前は電気に強かったりするか?」
「無茶を言うな、防水処理なら完璧だが、電気は別物だ」
「あ、あのー、うちも、雷は苦手なんやけど」
「貴様にいつ聞いた!」
黄色い子が口を開くたび、シデンがそれを叱り飛ばす。その様子を見ていると、正体がわからないとはいえ黄色い子にちょっと同情してしまう。
「ところでお前、さっき壁から出てきたな。また壁に潜ることはできるか?」
だが、これとそれとは話が別だ。まずは状況判断が必要、ということで聞いてみる。
「へ?あ、ま、そらできますけど」
「だったら話は早い。壁の中に入って、バレンシア、えーと今、目から電撃を出して暴れてる奴を取り押さえてこい」
「うぇえ~~っ!?そんなん無理やぁ!うち土気やから木気の雷はホンマアカンねん~っ!」
すると、女は速攻で泣きそうな顔になり、本気で嫌がりやがった。そんな顔をされると俺もあまり強く言えなくなってしまうのだが。
「甘えたことを言うな!」
それに喝を入れたのは、同じ女であるシデンだった。そしてなおもぐずるその女の頭を、手に持った棒状の何かでボコンと殴りつけた。
「な、なにすんねんっ!」
黄色い女も、いきなり殴られてさすがに怒ったらしい。そして片手を振り上げたのだが、その自分の手を見てからなぜか固まってしまった。
「・・・・・・あれ、うちの杖、どこやった?」
「あれじゃないのか?」
なんとなく目に付いた、ガラス越しに部屋の中に見えたものを指差す。長さは1メートルほどだろうか、見覚えの無い琥珀色をしたのっぺりした丸棒が、部屋の床に無造作に転がっている。
「わぁーっ、なんであんなとこにあんねんっ!」
どうやら探しているのは本当にあの棒だったらしい。黄色い女は、窓にべたっと張り付いて、恨めしそうに中を覗き込んだ。あいつにとっては相当大事なものみたいだ。
が、その直後バレンシアのスパークが目の前に炸裂し(ガラスで遮られたので直接は当たらなかったと思うが)、黄色い女は悲鳴をあげてひっくり返るようにしてそこから離れた。
「わたたたたっ!?」
「うぉっ、と!?」
その黄色い女がそのまま転倒しそうになったのを、とっさに受け止める。
そこで一瞬、目があってしまった。改めて見ると結構かわいいぞ、こいつ。でも、金色の瞳をしているところは、普通じゃないよなぁ。カラコン入れているなんてのはないだろうし。
「何をしておるのだぁ!」
ボゴン!
突然、何か固い物が俺の頭にぶち当たった。