10.なにがお嬢様だ その19
それは、何の前触れも無く起こった。
日が傾き始めてもなかなか帰って来ない鏡介とケイを待ちながら、みんなしてテレビを見ていたときだ。
突然、何かが爆発したような音がして、家が激しく揺らいだのだ。
「ひゃあ!?」
「な、なんだなんだ!?」
どこかでガス爆発でもあったのだろうか、それとも雷でも落ちたのだろうか。いずれにしても、これはただ事ではない。
俺が思わず部屋を飛び出すと、再び轟音がした。さっきは突然で気がつかなかったが、音は頭の上から聞こえてきた。
迷わず階段へ向かう。上からまた音がした、ということは、2階かそれより上で何かがあったってことだ。そして階段を上りながら、あることに気がついた。
「2階って、待てよ、確かバレンシアがいるはずじゃないか!?」
そうだ。確かあいつは、昼飯も食わずにずーっと、俺をパーティーに呼んだ「近衛」について探りを入れているのだ。昼飯を食った後や宿題を終わらせた後に顔を覗きに行ったんだが、下手すると仕事のときより高い集中力を持って彼女は何やらやっていた。と言っても彼女自身はケーブルを咥えて座っているだけだが、手にしたディスプレイや丸眼鏡に映りこむ文字列の流れる速さがいつもより切れ目なく、そして気持ち早く流れていた。
そして、昼飯後に常盤さんが外出をし、そしてアルコールの完全に抜けたレイカがヒビキを連れて夕食の買出しに出て行っても、バレンシアは一向に降りてくる様子が無かった。
そんな時に、事が起きた。
あいつ、また何か妙なことをやらかしたんじゃないだろうな。ここ数日のあいつの暴走ぶりを思い返し、ちょっと頭が痛くなった。
「おいっ!バレンシ・・・・・・」
だが、バレンシアの仕事場を兼ねている常盤さんの部屋のドアを少し乱暴に開けて中に入ったとき、事態は俺が思っている以上に深刻だということを思い知らされた。
バレンシアは、部屋の中にいた。こちらに背中を向け、机の横に立っていた。
だが、様子がおかしい。
「おい、バレンシア?」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!」
突然、バレンシアは、なにやらワケのわからない、言葉であるのかも不明な音を口から吐き出しながら、大きく体をひねる様にこちらに顔を向けた。
それだけならまだいい。バレンシアの目は白く不気味に光っていて、そしてなおかつその目のまわりに青白い火花を飛び散らせているのだ。
漫画だと目から火を噴いたりビームが出たりは日常茶飯事だが、実際に目の前で目から涙と視線以外のものが出ているのを見ると、正直ひいてしまう。
「ど、どうしたんだバレンシア!?」
バレンシアの名前を呼んだ、次の瞬間。
「mght塩w75h手wrmlfsmd:phgf;うぇ@q^えwd!」
訳のわからない声と共に、バレンシアの目から、雷を思わせる青白い火花が飛んできたのだ。
「どぅわぁっ!」
「わぁっなにをうおっとぉっ!」
「アイヤーッ!」
反射的に飛びのく。そのスパークは俺がいた場所を正確に打ち抜いていった。
俺の後ろを追っていたシデンは器用に身を翻してそのスパークをかわしたが、さらにその後ろにいた紅娘は、あまりに急だったためかそれに直撃してしまった。
「きゃあああああ!?」
しかも、その衝撃で壁に叩きつけられた紅娘は階段のほうへと跳ね返り、階段を上る途中だったクリンを巻き込んで、ずどどどどどどっというものすごい音と共に階下へと消えていった。
って、そんなのを眺めている場合じゃない。
「htれれうjれわいおつれうぃうとえwtjれkm!」
「うわぁっ!」
バレンシアが、叫びともうなりともつかない奇声を上げながら、部屋の中に入った俺へ目掛けてスパークを発射する。
ぎりぎりで何とかかわすが、その耳元でチリチリッと何かが焼ける音がした。
すでに部屋の壁紙は色々なところが焼け焦げ、下地のコンクリートが見えている。
「こら待てバレンシア!俺だ、将仁だ!落ち着け!」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!」
壁に背中を預けながら声をかけるが、バレンシアは返事の代わりに目からスパークを叩きつけてくる。
これはマズイ。非常にマズイ。何があったのかは判らんが、バレンシアのやつ、完全におかしくなっている。
もしかしてあいつ、ウイルスって奴を喰らったんじゃないだろうな。パソコンの知識はそんなに無いが、ウイルスを喰らうと、パソコンはおかしな動作をするようになるって言うし。しかし、アンチウイルスソフトは持っているはずじゃなかったのか?
その時、部屋の隅に、大きなレンズの入った丸眼鏡が転がっているのが見えた。あれは確か、バレンシアがいつも掛けている奴じゃなかったか。と思い、改めて見ると、バレンシアはやっぱり眼鏡をしていない。眼鏡の代わりに、青白いスパークを飛び散らせているのだ。
この前テレビで見た、アメリカンヒーロー物の映画の登場人物が思い浮かぶ。目から破壊光線を発射するそいつは、目を開いている間は自力でその光線を制御できないので、特殊なサングラスでそれを防いでいた。
対して、床に落ちているあの丸眼鏡は、どう見てもただの眼鏡だが、“持ち主が目から何かを出す”“眼鏡をしているときは出ていない”という共通点があることに気付いたら、俺の思考は“その眼鏡を掛けさせれば、あのスパークは止められる”としか考えられなくなっていた。
それにはまず、アレを拾いに行かなくては。そう思ったら、体が勝手にそっちへと飛び出していた。
それを待っていたかのように、バレンシアの目からスパークが飛んでくる。喰らったらヤバそうなのは依然として変わらないので、なるべく狙いを定めさせないようフェイントを加えて動き回る。
「よし、取った」
そして、身をかがめて、なんとかバレンシアの眼鏡を拾い上げた、その時だ。
「わひゃあっ!」
頭上で、スパークが壁に命中した音がした。と同時に、聞き覚えの無い悲鳴がした。