10.なにがお嬢様だ その15
俺に、もとい、将仁さんに会いたい人って、何だろう?と思って近衛さんのほうを見ると、さっきは気がつかなかったが、その傍に背の高い男が立っていた。
ちらっと見た感じでは、さっきつまみ出された連中のように、高級そうなスーツを着込んだ青年実業家のようだった。
しかし、あの連中とは雰囲気が明らかに違った。何というか、謙虚ではあるが、そこに隙が見られないのだ。少なくともこの男は、あのヘタレどもとは何かが違う。
「あなたが、西園寺家の新しい後継者ですか。はじめまして。私は、六角家当主、六角隼人と申します」
その男は、そう言ってにこやかに手を差し出してきた。
「あ、ええと、真田将仁です」
こっちからも手を出したが、考え事をしていたためについ左手を出しそうになった。本当に出す前に右手に切り替えたから大丈夫だと思うが、ちょっと変に思われたかもしれない。
「それでは、私は他のゲストの方々にご挨拶をしなければなりませんので、これで失礼しますわ。どうぞごゆっくり」
すると近衛さんは、自分の役目はここまでだとばかりにそう言い放って、さっさとどこかに行ってしまった。無責任な奴。
「えーと、六角さんは、西園寺の家とはどんな関係なんですか?」
とりあえず、目の前に現れた男に探りを入れることにする。なにしろ、そんな人がいるとは聞いたことが無かったからだ。
「当家は、代々西園寺家の補佐を司っているのです。常盤弁護士から聞いていませんか?」
すると、六角さんはそう言った。むこうから常盤さんの名前を出してくるあたり、西園寺家と関係があるというのもあながち嘘ではないらしい。
「いや、聞いてないです」
「そうですか。実はここだけの話ですが、あの女、あまり信用しないほうが良いかと」
「・・・・・・え?」
だが、六角さんは不意に顔を近づけると、小声で妙なことを話し始めた。
「あの女、実は素性に不明な点が多いのです。生まれがどこか、家族構成はどうなっているのか、どのような履歴を持っているのかすら明らかになっていません。それなのに、西園寺家の先代当主にもいつのまにか取り入っていましてね。何か裏があるかも知れません、注意したほうが良いかと」
どうやら、将仁さんに常盤さんへの不信感を吹き込もうとしているらしい。
そして、なんとなくだが、そんなことをする理由に思い至った。
「そんな悪い人には思えないスけど」
「人は見かけによらないと言いますからね」
「うーん、ちょっと、考えておきます」
だが、下手に聞き返すのはやめておくことにした。変なことを口にして警戒されるのは、俺はともかく将仁さんには得策ではないと考えたからだ。
そこで、ふとあることを思いついた。
「ん、ちょっとすいません」
俺は、ポケットから携帯電話のままのケイちゃんを取り出し、六角さんから少し離れると、今かかって来たようなフリをして耳に当てた。
「ケイちゃん、ちょっといいかな」
「えいっ!えいっ!」
・・・・・・なんだ?と思って聞いていると、ケイちゃんの声のむこうから何かの音楽と共にきゅんきゅんという音が聞こえた。
「あっ!」
そして、ケイちゃんの声とともに、どかーん!ぴろんぴろんぴろんという音が聞こえた。ゲームか何か、やっていたんだろうか。
「もしもし?ケイちゃん?」
「ん、え?あ、鏡介お兄ちゃん、なに?」
やっと気付いたのか、ケイちゃんが返事をしてくる。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
そして、ケイちゃんにこっそりと話をする。その話はごく簡単なものだったのですぐに終わった。
「すいません、お待たせしてしまって」
極力何食わぬふうを装い、六角さんのところへ戻ると、切り出した。
「携帯の番号とメールのアドレス、教えてくれませんか」
「え?」
「今、電話していて、ちょっと思い立ったんです。俺のも教えますから」
そして、開いたままの携帯電話を見せる。いかにも普通の携帯電話であることを示すため、ケイちゃんには隠れてもらっている。
携帯電話は、今時誰でも持っている。きっかけとして悪くはないはずだ。
それに、一番欲しいのは、メールアドレスではない。
「ああ、構いませんよ」
「それじゃ」
六角さんが内ポケットから自分の携帯を取り出したので、こっちから番号を教える。
そして、交換のやり取りをする傍ら、さりげなくレンズを六角さんに向けた。
これが、ケイちゃんにお願いしたこと、「六角隼人の顔写真を撮影すること」だ。帰った後で将仁さんに話をする時、顔写真があったほうがいいと思ったからだ。
その後、俺は少し言葉を交わし、六角さんと別れた。
そしてその時、普通に「写真を撮っていいですか」と聞いてみればよかったんだと、ちょっと後悔した。