10.なにがお嬢様だ その14
「どこがプライベートな集まりなんだ」
パーティー会場の片隅で、レモネードが入ったカクテルグラスを片手に、俺は一人悪態をついていた。
昼を少し回ったところで、いよいよパーティーが始まったんだが、これがまた映画で見るような、非常に豪勢なやつだった。タイプとしてはいわゆる立食パーティーなのだが、出されている料理は手を出すのがもったいないぐらい豪勢、しかもピアノやジャズバンドの生演奏つきだ。
そして招かれたゲストも、男はみんなスーツやタキシードといったビシッとした格好をしており、女はドレスなどで着飾っている。しかもそのどれもが、いわゆる良家のご子息やご息女らしく、聞こえてくるのはどこぞの大学で研究をしているとか、どこぞで起業したとか、どこぞに投資したとか、明らかに自分たちとは縁が無い話ばかりだ。
正直、学校の制服で来ている自分は非常に浮いている。近衛さんは将仁さんに恥をかかせようとしてこのパーティーに呼んだような気さえする。
「おやぁ?こんなところに学生がいるぞぉ?」
「本当だ、しかもあの制服は、公立のものじゃないか」
「全く、どこの貧乏学生かね」
案の定、そんな声が聞こえてきた。見ると、高級そうなスーツに身を固めた、いかにも“俺はエリートだ、青年実業家だ”と言いたげな奴らが3人ほど、あからさまにこっちを見ながら談笑している。
本当にいるんだな、こんなマンガみたいなことをする人間って。
付き合うと色々とめんどくさそうなので、チラ見だけして知らん振りを決め込んでいると、そいつらの声はさらに大きくなった。
「貧乏人には聞こえないのかね?」
「いいや、あれはおそらく、我々が怖いのだよ。持たざる者はその程度のことも出来ないのさ」
「誰だろうねえ、あんなのを招待したのは」
「私ですわ」
突然、そいつらとは全く別の、若い女の声がした。
見ると、そこにはドレスを着こなした金髪巻き毛の女、近衛クローディアその人が立っていた。
あの実業家たちも、さすがにパーティーのホストである彼女の顔は知っているようで、ちょっとばつが悪い顔をしている。
「あなた方、今、面白いことを仰ってましたわね。公立の学校に通うのは貧乏人だと。私も同じ学校に通っておりますけれど、私のことも貧乏人だと仰りたいのかしら?」
近衛さんがそう口にした瞬間、そいつらの顔がさっと青くなった。
「い、いえあの、これはですね、その、近衛様のことを言ったのではなくてですね」
「セバスチャン。こちらのお三方、お帰りになるとのことですわ。お送りして差し上げて」
懸命に弁解しようとする青年実業家たちを完全に無視し、近衛さんはそばに控えていたセバスチャン改め根津さんに、明らかに不機嫌な口調でそう言った。
いつのまに現れた根津さんの後ろには、さらに数人の黒いスーツを着たSPのような男が数人控えており、根津さんが合図を出すとあっという間に青年実業家たちの両脇をがっちりと固め、そしてそのままそこから連れ出して行ってしまった。
青年実業家たちも、なんとか近衛さんの機嫌を直そうと思ったらしく、連れて行かれる道すがら弁解をしていたが、近衛さんは聞こうとすらしなかった。
「それにしても、真田さん。あなたも、あそこまで馬鹿にされて、なんとも思いませんの?」
面白い見世物だったなーと思っていると、それを仕向けた当の本人、近衛クローディアさんがそんなことを聞いてきた。どうも、正面切ってバカにされたのに全く反論しなかったことが気に食わないらしい。
「言いたい奴には言わせておけばいいさ。いちいち反応するのも面倒だし、結局、自分で自分を小物だと言いふらしているようなもんだしな」
俺はそう答えた。弱い犬ほどよく吼える、実るほど頭をたれる稲穂かなって言うし、それに、ここで怒って騒ぎを起こして、最後に困るのは俺じゃなくて将仁さんだから、そんなことをするわけにはいかない。やったら多分、うちのモノたちみんなから総スカンだもん。
「ふん、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶ、とでも仰りたいのですかしら?黙っているだけでは、相手に通じませんわよ」
さすが半分アメリカ人でつい最近までアメリカに住んでいただけあって、近衛さんはそういう所は遠慮がない。とは言っても、こっちも別に思い知らせようとは思っていないんだけど。
「そうそう、貴方に是非ともお会いしたいという方を、連れてきて差し上げましたわ」
近衛さんは、もう関心がなくなったらしく、ころっと話題を変えてきた。