10.なにがお嬢様だ その12
どうやら、軍事機密満載なこのお人形の性能を見せてくれるらしい。いいのか、こんなところでそんなことして。
「ナミ。まずは、10メートルほど飛んでみせてあげなさい」
そんな俺の心配を他所に、近衛さんはアンドロイド・ナミにそう命令する。
ナミは、頷くと10メートルほど歩いて離れた。その時に判ったのだが、ナミの背中には、金属製のバックパックみたいなものが背負われていた。よく知られる電動式二足歩行ロボットは、でっかいバッテリーをリュックサックのように背負っているから、あれもその類だろうか。
そんなことを考えながら見ていると、立ち止まったナミはくるりとこちらに振り向いた。その直後、ナミの背中から何かがガシガシガシッという金属音と共に横へ広がっていった。それは、金属板をいくつも連ねて形成された鳥の翼みたいに見える。
それが完成されると、羽ばたくのかと思いきや、爆音と共に足の裏からジェット?を噴出し、そしてロケットのように垂直に飛び上がった。
その姿がぐんぐん小さくなっていく。やがて小指の爪程度の大きさになると、突然方向転換し、下へと降りていく。そして芝刈り機のさらにむこう、多分庭の端あたりに降りると、今度はこっちにまっすぐ突っ込んできた。
「わ、おい、こっち飛んでくるぞ」
と言った直後、俺達の頭上を物凄いスピードで黒い塊がかっ飛んで行った。ごぉっという音が巻き起こり、突風が通り過ぎる。
ジェット機と言うのがなんとなく判った。
ちなみに、俺は思わず頭を抱えてしまったが、近衛さんは何度もやって慣れているのか平然と立っていた。金色の髪がその突風に靡き、太陽の光を受けてきらきらと反射している。
その後、ナミは空を飛びながら戻ってきて、器用に空中で静止した。ジェットの噴射口が、足だけではなく背中にもあるようで、それらの噴射口を調整してやっているっぽい。さっき背中に見えたアレは、バッテリーではなく飛行用の道具だったみたいだ。
少なくとも、機動力はVTOL戦闘機並にありそうだ。
そしてその戦闘能力も戦闘機並、下手をすればそれ以上だった。
「打ち落としなさい」
ナミが空中で停止して間もなく、近衛さんはさっきまで自分が紅茶を飲んでいたカップとソーサーを手にし、やにわにそれを空中停止中のナミ目掛けて投げつけたのだ。
だがその次の瞬間。ナミの掌がうなるような音とともに光ったかと思うと、パンッという音と共にそれが2つとも空中で砕け散った。
パラパラと地面に落ちる陶器の破片。そしてそのむこうでは、ナミがちょうど着地するところだった。爆音と噴射した熱風で足元の草を激しく揺すりながら地面に降り立つと、再びガシガシガシッという金属音を立て、羽根を背中に収納していく。
「・・・・・・今のは?」
「レーザー砲ですわ。THELの技術を応用したもので、両腕に内装されておりますのよ」
うむ、はっきりしたことはよく判らないが、どうやらナミは両腕からレーザーが撃てるらしい。確か、最新の戦闘機でもレーザー砲は積んでいなかったと思う。
ふと、パキパキという音がしたのでそちらを見ると、そのナミがゆっくりとこっちに歩いてくるところだった。パキパキというのは、地面に散らばったソーサーやカップの欠片を踏み潰す音だった。
「いかがでしたかしら、この余興は。楽しんでいただけまして?」
ナミが自分の横に来たのを見計らい、近衛さんはさも自分が凄いことをしたかのように言い放った。凄いのは確かなので頷くと、近衛さんはさらに得意そうな顔になった。
そんなことをしているうちに、根津さんがやってきて、パーティーの準備が整ったことを告げた。
「えーと、最後にひとつ、いいか?」
会場へと向かう道すがら、気になることをひとつ聞いてみた。
「あれ、なんで“望月ナミ”って名前なんだ?」
そう。日本製ってことはありえないし、外見上も日本人らしくないあのアンドロイドが、コードネームとはいえなんであんな和風な名前をつけられているんだろうか。
だが、理由を聞いたら、それはあまりに簡単なことだった。“望月”というのは、日本のロボット工学の第一人者でありコンバットドール設計の最高責任者でもある人の苗字らしい。なんでアメリカ製ロボットなのに日本人が研究しているのかというと、個々の機能はともかくとして、倫理的な理由から「人の形をした」ロボットの研究はアメリカより日本のほうが進んでいるんだそうだ。
それから、ナミというのは“73号”からの語呂合わせなのだそうだ。
あまりに単純な話に、ちょっとだけ眩暈がした。