10.なにがお嬢様だ その10
パーティーが始まるまでにまだ時間があるからと、なぜか俺は庭に連れ出された。
庭といってもこの城みたいな家の庭だから、これがまた嫌になるぐらい広い。遠くに2つほど、ゆっくりと動く白いものが見えたが、あれは人が乗る大型の芝刈り機なんだそうだ。
その庭に面した、城のような屋敷の横にしつらえたオープンテラスで、近衛さんが、セバスチャン改め根津さんの入れた紅茶を飲んでいる。そして俺は今、同じテラスで、ティーカップ片手に所在無く立っている。椅子がないわけではないのだが、どうも落ち着かないのだ。
それに、ポケットの中にいるケイちゃんにも、悪いと思うし。
「今日はあなたに、面白いものを見せてご覧に入れますわ」
そして俺は、このテラスに連れてこられるときに聞いた近衛さんのセリフの意味を、考えていた。
面白いものって、何だろう。まさかあの芝刈り機ってわけではないだろう。ヘリコプターでも飛んでくるならちょっと驚くけど、でもそんなものの姿は全く持って見えない。
「ああ、来たようですわね」
そう言われて振り向くと、使用人と思しき人たちが、これまた大きな台車みたいなものを数人がかりで押して運んでくる様子が見えた。しかもこの台車、車輪が戦車かブルドーザーのようなキャタピラになっており、また台車の台のところも分厚く、上面にガラスでできた扉らしきものがある。あえて言うなら、棺桶を横たえたような感じだ。ちなみに、その扉のところ以外は金属でできており、ランプがチカチカと瞬いていたりする。
そして、そのガラスを透かして見えたのは。一体のよくできた人形みたいなものだった。
最初は、暗い銀髪でロングのヨーロッパ系の女の子が、漫画で女性の軍人が着ているような制服を着て、上からグレーのコートを羽織って、この変な箱の中で寝ているのかと思った。だが良く見ると、その頭部には、目から耳にかけてを覆い、一部が頬のあたりまで伸びた、ヘッドセットのようなものが取り付けられている。さらに、人で言えば耳がある辺りには、アンテナか何かだろうか、上方向に伸びた羽根のようなものが生えている。ちなみに、ヘッドセットに隠れていない鼻や口元は、人のそれとそっくりに出来ている。
そして下に視線を移すと、膝から下が、まるでロボットアニメに出てくるロボットのようにごつく作られている。
なにより、息をしている様子がない。胸も腹もピクリとも上下していないのだ。
人だったら死体にしか見えないソレが、棺桶の中で静かに横たわっている。ちょっと不気味だ。
「なんだこれ?」
「私専用の、護衛アンドロイドですわ」
俺の質問に、近衛さんはあっさりと答える。
「素晴らしいでしょう。最先端の技術を集結して作り上げた、最新鋭のアンドロイドでしてよ」
近衛さんは、そう言ってから得意そうにおーっほほほと高笑いをしてみせる。
しかし、驚いた。今、世間では、まだ人と同じ姿とはいえないロボットが主流なのに、これはあれと比べると格段に人間に近い。
もっとも、髪の毛があって、服を着て、人間らしくない部分を隠しているから、そう見えるのかもしれないけど。
それに、穿った見方かもしれないけど、このキャタピラのついた台車自体が本当は護衛ロボットだ、なんてオチかもしれない。でも、アンドロイドっていうのは、人間に似せたロボットを指して言うから、この箱が動いたからって、アンドロイドとは言わないよな。
だが、そんなことを考えている俺の様子を見てか、近衛さんはこんなことをあっさりと言って来た。
「興味がおありのようですわね。動かして差し上げましょうか?」
「あ、ああ、って動くのか!?」
この申し出には、驚いたと同時に、凄い期待も持たざるを得なかった。
なにしろ、動くロボットを目の前にするのは、初めてのようなものだ。うちには機械から擬人化した人は何人かいるけど、そのいずれもが、もとの状態では歩くどころか自力で動くこともできない。
「ええ、動かなくては護衛の意味がありませんもの」
俺が驚いたことで気分が良くなったのか、近衛さんは得意になってそう吹きまくる。
そして、自分の横にいた人に声をかける。
「イリーナ」
「はい、お嬢様」
「この子を起動なさい」
「承知しました」
イリーナと呼ばれたのは、女性用の黒いスーツに身を包んだ、背が高くすらりとした、モデルのような女の人だった。サングラスをしているから目つきは判らないが、雪のように白い肌と、真っ白に近いプラチナブロンドは、セバスチャンのときと違い明らかに東洋人のそれではない。
そのイリーナさんは、どこからともなくノートパソコンを取り出して開くと、左手で持ちながら右手でカタカタと何かを打ち込んでいく。
それがひと段落ついた、と思った次の瞬間。
グィーンという低いモーター音がその台車からして来たと思ったら、なんと、さっき人形が横たわっていた台車のボックス部分が、立ち上がりはじめた。