10.なにがお嬢様だ その8
ききーっ。
乗り心地は最高に良いが、精神的に落ち着かない真っ白なロールスロイスに揺られること1時間ほど。ロールスロイスは、城壁のような塀に作られた、外国の映画にでて来そうな重厚な門の前に停車した。
「着いたんですか?」
執事服に身を包んだ、若いようにも老けているようにも見える運転手に声をかける。
「あと5分ほどです」
運転手は、そっけなくそれだけ答えた。
がちゃん。
運転手が答えるとほぼ同時に、門のほうから重々しい金属音が響いてくる。窓から首を出してみると、閉ざされていたその門が、唸りを上げながらゆっくりと開いていくところだった。
その門をくぐったロールスロイスは、日本と思えないほど広い庭を走り、見事な噴水を右回りに通り過ぎると、大理石のような白い石で造られた、まるで城か国会議事堂のような建造物の前で停車した。
「どうぞ」
運転手さんがドアを開けて、中へと案内してくれる。
「・・・・・・うわぁ・・・・・・」
そして、中も凄かった。入り口のホールは天井から豪奢なシャンデリアが下がり、真っ白な壁にはきらびやかな装飾がされ、床には靴で上がってはいけないような絨毯が敷かれている。
はっきり言って、今まで住んでいたトコロとは別世界だ。
ポケットの中で携帯が震える。
取り出して開くと、ケイちゃんの顔が満面に映っている。
「うわぁ、すごーい!」
ケイちゃんは、その状態で「あっち見せて」「今度はこっち」と指示を出す。そして、レンズをそっちに向けると同時に、カシャッというシャッター音をさせる。
「すっごくおっきいのー!映画のセットみたーい!」
それは否定しない。ただ、あまりはしゃぎすぎると、色々危険だと思う。
「あら、楽しそうですわね」
その時、女の声がした。その瞬間、シャッター音がぴたりと止まる。
見ると、今いる玄関ホールの真正面にある、舞台のセットのような階段を、まだ昼前だというのにハリウッド女優が着るようなドレスに身を包んだ、金髪巻き毛で彫の深い顔をした女が下りてくるところだった。
「うん、あの人が、近衛さんだよ」
念のため、ケイちゃんをあたかも普通の携帯電話のように耳元に持って行き、聞いてみると、そんな答えが帰って来た。
あれが、将仁さんの言っていたお嬢様、近衛クローディアのようだ。
「じゃあ、目いっぱい堪能したから、ケイは大人しく電話してるから。鏡介お兄ちゃん、がんばってね」
「ああ、やってみる」
ケイちゃんが最後にそう言葉をかけてくる。そうだ。俺は将仁さんの影武者としてここへ来たのだ。失敗は許されない。
ケイちゃんをたたんでポケットに収めると、俺は近衛さんのほうを向いた。
「あら、制服なんかで来ましたの?」
その女、近衛クローディアは、俺を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見てから、いかにも呆れたようにそう言った。
「昨日の今日だったもんでね、ちゃんとコーディネートする時間がなかったんだ」
「華族の一員ともあろうものが、礼服のひとつも持ってらっしゃらないと仰るのかしら」
「生憎、俺は真田将仁であって、まだ西園寺将仁じゃない。金持ちの思考回路で判断しないでもらおうか」
高飛車な物言いにカチンとしつつも、俺は将仁さんが言いそうな言葉を選んでお嬢様の言うことに答える。
将仁さん、毎日こんな女につきあっているのか。俺もうちにいる時はモノたちの相手をするからそれなりに大変だけど、こいつは性格が悪そうだから苦労はそれ以上かもしれない。
でも、ま、なんとかなるだろ。相手は人間だ。いざとなれば逃げればいいんだ。
「まあ、今日のところは許して差し上げますわ」
そのうち興味がなくなったお嬢様は、すいっと顔を横に向けると、そこにいた人に声をかけた。
「セバスチャン、彼を控え室に案内して差し上げて」
セバスチャンと呼ばれたのは、さっきまで白いロールスロイスの運転手をしていた男の人だった。・・・・・・どう見ても日本人、少なくともアジア系なんだけど。
「ご案内します。どうぞ、こちらへ」
そのセバスチャンさんは、眉ひとつ動かさず、そう言って俺の前を歩き出した。
どうも、作者です。
今回からしばらくの間、主人公が“将仁”から“鏡介”に変わっています。
判りにくく感じるところもあるかも知れませんが、なにとぞお付き合いくださいませ。