10.なにがお嬢様だ その7
「だって、私は、元々家財道具でしょう、だから持ち主の将仁さんには、道具として使ってもらわないといけないのでしょう」
「ちょっと待て」
その様子が、テルミが必死に「道具」になろうとしているような気がして、俺は彼女の両肩に手を置いて発言を止めさせる。
「テルミ、いいか。確かにお前は元々プラズマテレビだし、今だってそうだ。俺だって、お前がテレビだってことは忘れてない」
けどな。そこで俺は言葉を一旦切り、テルミをじっと見据える。
目があったところで、俺はテルミに向かって、言い聞かせるように言葉を続けた。
「今は、テルミのことを道具だとは思っていないぞ」
「・・・・・・だから、でしょう」
だが、そこでぼそっと言われた言葉に、俺はちょっとどきっとした。
「私、最近、シデンさんの気持ちが少しだけ判ってきたのでしょう。将仁さん、私がこの姿になってから、私に向き合ってくれる時間が、少なくなったのでしょう」
言われて、気がついた。確かに、先週あたりからテレビを見る回数が減っている。一人暮らしのときは特に見るわけでもないのにBGMのつもりでテレビを点けていたし、それに、その、自家発電の時にもお世話になったし。
「だから、私・・・・・・」
でも、俺は、今の「テルミ」のほうがずっといい。確かに不満、特に性的欲求が解消されにくいということはあるが、人間、性欲だけで生きているわけではないし、それに、大人数で生活するようになってから、寂しいと思うことが無くなったのだから。
こういうときはスキンシップが大事だ、というのをどっかの本で読んだことがあったので、それを実践することにした。
「きゃ!?」
スケベ心を押さえ込み、俺は、テルミを抱きすくめた。意外なことに、テルミは抵抗しなかった。
「ごめんな、テルミ。そんなつもりはなかったんだ。テルミは、常盤さんとかと別の意味でできる女だから、大丈夫だって思っちゃったから」
「・・・・・・」
「でもさ、俺が今の生活を送れているのは、道具じゃないテルミがいるおかげでもあるからさ。だから、道具になりたいなんて言わないでくれよ」
テルミは、俺に抱きしめられたまま黙っている。
・・・・・・早く、なんでもいいから反応してくれ。自分で言った台詞を思い返して凄く恥ずかしくなったのと、テルミと抱き合っているこの光景を他の連中に見られたらどうしようという気持ちで、今の俺は、正直いたたまれなくなっていた。
自分の心臓が、やばいぐらいにドキドキしているのを感じる。
「・・・・・・将仁さんは、ずるいのでしょう」
やがて、テルミが小さく声を上げた。
「そんなことを言われたら、道具として使われたいなんて、言えなくなってしまうでしょう」
「言わなくていいんだよ。だいたい、道具だったら、俺に言いたいことも言えなくなるだろ?」
「ふふっ、それもそうでしょう」
そして、テルミはやっと笑顔を浮かべて俺を見てくれた。
「まあ、コミュニケーションが少なくなったのは俺のせいでもあるからさ。何か、してほしいことがあったら、遠慮なく言ってくれよ」
「えっ、でも、それは」
「俺が持ち主だからってのは、なしだぜ。俺はケイと違って、頭の中は読めないから、言いたいことは言ってくれないと俺が困る」
「・・・・・・ふふっ、こんな世話の焼ける主に所有されるなんて」
「はは、世話になります」
「全く、仕方がないのでしょう。じゃあ、これからは、私とは特別なコミュニケーションをとってもらうことにするのでしょう」
・・・・・・あれ?なんか変なほうに話が行っている?
そう思う俺の目の前で、テルミはさっきテーブルに置いたクリップボードを再び手にした。
「将仁さんのこと、これからは何とお呼びしたらよいでしょう?」
・・・・・・ちょっと待て、そこからか。
なんか、無限ループにはまったような気がして、ちょっとげんなりしてしまった。