10.なにがお嬢様だ その6
台所を後にしたが、自分の部屋に戻るわけにもいかないので、とりあえずリビングに出た。
「あら、将仁さん。こんにちは」
そこには、掃除機をかける黒マントのメイド、テルミがいた。律儀にも掃除機を止めてこっちに頭を下げてくる。
「よう、ご苦労様。毎日、大変だよな」
本当に大変だよな、炊事はできるのが2人いるけど、それ以外の家事はテルミ以外まともに出来る奴がいないからなぁ。手伝いだったらできるけど。
そうだ、どうせ暇だし、部屋に戻るのも色々問題ありそうだし、掃除の手伝いでもしようか。
「なあテルミ、掃除、手伝おうか?」
いきなりやるのもあれだと思うので、一言テルミに断っておくことにする。
だが、掃除機に手を伸ばすと、テルミははっとなってそれを後ろへと退ける。はて、俺、なんか気に触ることでもしたか?
「俺、何かしたか?」
「え、あ、いや、その・・・・・・でしょう」
テルミにしては妙に歯切れの悪い返事だが、ひとつ咳払いをすると姿勢を正してこう続けた。
「これは我が家の、私の役目でしょう。他の人に任せるわけには、いかないのでしょう」
「でも、一人じゃ大変だろ?」
「で、でも今日はもう終わったでしょう、将仁さんも本調子ではないのでしょう、ゆっくりやすんで欲しいのでしょう」
というわけでリビングの席に座らされると、テルミ本人は掃除機を片付けはじめた。
「・・・・・・将仁さんに触らせては、ダメでしょう、また擬人が出てしまうでしょう・・・・・・」
独り言のつもりなんだろうか、声はしっかり聞こえてきた。一応、何やったら出てくるか、当たりはついているから不注意に擬人化させることはないと思うが、ここは黙っておくことにする。
そして、リビングの席に座ってぼーっとしている(だってテレビことテルミは席を外しているし、何か飲み物をと思ってもそういうのは冷蔵庫ことレイカが管理しているし、かといって自分の部屋に戻るのもアレだしで、できることがない)と、黒いマントを翻し、黒ぶちメガネのメイドさんがリビングに駆け込んできた。
何かあったのかな、まさか台所の連中に飲まされて、酒乱モードになったんじゃないだろうな。
と思ったが、テルミは部屋に入ると、マントを正して、大人しく俺の近くのイスに腰掛けた。うん、大人しいということは素面らしい。
「将仁さん、ちょっと相談したいことがあるのでしょう。よろしいでしょうか?」
そう言うテルミの手には、アンケートを書く時に使うようなクリップボードが準備されている。
「ん、別にいいけど、何が聞きたいんだ?」
「はい、将仁さんの呼び方についてでしょう」
「・・・・・・は?」
「いくつか候補を選んだので、選んで欲しいのでしょう」
なんだ、そりゃ?俺の名前は将仁だから、それ以外ないと思うんだが。
「あのさ、俺は別に、今までの呼ばれ方で不満はないんだけど」
「それでは示しがつかないでしょう。将仁さんは私の主なのですから、ふさわしい呼び方があるのでしょう」
「そういわれてもなぁ」
「だめです。では始めましょう」
俺が反論することも許さず、テルミは話を進め始めた。
「まずは、旦那様。いかがでしょう、旦那様」
いきなりな言葉に、俺は噴き出しそうになる。
「旦那って、俺はそんな年じゃねぇぞ」
正直、言われて悪い気はしないんだが、なんか老けたような気がして素直に認められない。
「では、これはボツでしょう」
すると、テルミは手に持ったクリップボードに何かを書き込んだ。どうやら、そのクリップボードに、「候補」とやらが書いてあるらしい。
「ええと、将仁様は、どうでしょう?」
「いや、悪くはないんだけど、なんか妙にへりくだっているようで嫌だな」
「マスターは?」
「そりゃバレンシアだろ」
「お館様」
「俺はどこぞの戦国武将かって」
と、こんな感じでいくつか候補が読み上げられたが、これがまた「よくこんなに探し出した」と思うほど、俺を偉い奴として扱う言葉なのだ。
「ご主人様、は、いかがでしょう?」
中でもこう言われたときは、正直、ぐらっと来てしまった。この前ヤジローに「ご主人様なんて呼ばれているんじゃねえの?」と言われ、その時はバカじゃねーのと思ったが、メイド服を着たテルミに直接言われると、確かに気分がよくなってしまったのだ。
「じゃあ、これもダメでしょう・・・・・・うーん、困ったのでしょう、候補がすべてボツになってしまったのでしょう」
だが、そのクリップボードの下のほうに何かを書き込んだ後、テルミはため息をついてからそんなことを言った。
「別にいいじゃないか、今のままで」
「良くないのでしょうっ!だって私は将仁さんの物でしょう、それなりの接し方があるのでしょうっ!」
正直な気持ちを口にしたら、テルミは強い口調で、変なことを言い出した。