10.なにがお嬢様だ その4
「ってて・・・・・・」
部屋を出たはいいが、さっきベッドの角にぶつけた左頬がジンジンと痛くなってくる。湿布が効いていないような感じだ。
もう一度冷やしたほうがよさそうだ。そう思った俺は、そんな冷たいものを管理している奴のところへ向かうことにした。
1階に降りて、キッチンを覗き込む。
案の定、お目当てのレイカはそこにいた。テーブルの横にある椅子に腰掛け、自分で準備したのであろうお茶を一人ですすっている。
なんか、その姿が妙におばあちゃんじみていて、すごく寂しそうに見える。
「あら、将仁くんじゃない」
俺に気付いたレイカは、顔を上げてこっちを見た。その表情はいつもどおりで、寂しそうな感じはすでにない。
「・・・・・・なんか、あったのか?」
「どうしたの、突然?私は特に何もないけれど」
いつものクールで凛としたレイカとあまりに様子が違うので、少し心配になってそう声をかけたら、平然と返されてしまった。
「あ、その、なんか妙に寂しそうに見えたもんだからさ」
「あら、そんなふうに見えてしまったかしら?一人のときはいつもこんな感じだけれど」
それはそうと。そう言ってから、今度はレイカがこっちに話しかけてくる。
「将仁くんもほら、立ってないで座りなさい。今、お茶を入れるから」
そして、自分の隣の開いている席を勧めると、レイカ本人は急須を手にした。
「いや、いいよそのぐらい自分でやるから」
「人の好意は素直に受けておくものよ。いいから、座ってなさい」
そういい切られ、俺は椅子に座ったまま、レイカがお茶を入れるのを眺めることになった。
茶色い急須からこぽこぽと緑茶が注がれ、そして湯気が立つ湯呑みが差し出される。
「それで、将仁くん。何か用かしら?」
「ん?」
そのお茶をずずずっとすすり、俺もちょっとおじいちゃん気分を味わっていると、横に座ったレイカが話しかけてきた。
「お茶をしにきた、って訳ではないのでしょ?小腹でもすいたのかしら?」
「はは、ヒビキよりは燃費はいいつもりなんだけどな」
ヒビキが聞いたら怒るかもしれない台詞を返してから、俺はさっき2階であった事を話した。
「で、また痛くなってきたから、何か冷やす物を貰おうかと思ってさ」
「そう。あの二人にも困ったものね」
「全くだよ、おかげでまた腫れちゃってさ、ははは」
そして俺は、いつもより微妙に積極的なレイカと日本茶を飲みながら、そんな他愛もない話をしばらくした。これが本当の茶飲み話、なんてな。
「ところで、将仁くん。打撲による腫れは、冷やすだけでは駄目だということは、知っているかしら?」
俺が最後の一口を口に含んだとき、レイカがそう切り出してきた。
「んっ、んっと、確かあとは、患部は心臓より高いところへ持っていって安静にして、包帯とか巻いて圧迫するんだよな」
一般にRICEと言われる、捻挫とかの基本的な応急処置のことだ。俺もアスリートの端くれ、そのぐらい知っている。
「そうね。それから、打ち身や捻挫は生肉で湿布をすると早く良くなるというの、は知っているかしら?」
「ん、ああ、まあな、プロスポーツの世界だとやっているらしいけど」
しかも不思議なことに、湿布薬なんかを使うよりもサクッと治ってしまうらしい。理屈は俺もよく判らんが、そんなもん貼り付けたらベタベタギトギトして気持ち悪そうなんだが。
しかし、なんでレイカはそんな話をしているんだろう。まさか俺の顔に生肉を貼り付けようとか考えているんじゃないだろうな。
そんな勘繰りの目を向けるが、その目がある一点に釘付けになってしまった。
なんでって、そりゃ。レイカが、胸元を大きく開いていたんだから、無理もないだろ。見えるんだぞ、真っ白な胸の谷間が、その左右にある膨らみの形が。
残念ながらトップまでは見えなかったが、せっかく収まっていた俺の下半身がまた起立してしまう。しかもレイカは、我が家でナンバー3の巨乳と、さっきの2人にはない大人の色気があるのだ。
頭にも血が上ってきて、腫れた左頬が余計に痛みはじめた、そのときだ。
「というわけで、冷やしてあげるわね」
という声と共に、視界が真っ暗になり、そして顔が何か柔らかいものに包まれた。




