09.幽霊って何ですか その22
鬱蒼とした鎮守の森が周りを取り囲む四賀茂神社の夜は非常に暗い。参道を出て200mもいけば繁華街に出るというのに、そこは訪れる者もなく、ただ参道を照らす街灯だけがぽつんぽつんと立つだけの静まり返った空間となっている。
その一角、社務所の窓には、人がいることを示すように明かりが点いている。
がたがたと、その窓が動く。そしてその窓が5cmほど開くと、その隙間から何か細長いものが中へと滑り込んでいく。
それは、青緑色をした、長い蛇だった。青大将のような姿のそれは、部屋の中に入ると、その部屋の一角にとぐろを巻く。そして、その部屋の主である黒い髪の女に向かい、鎌首をもたげると、挨拶をするようにそのままぺこりと頭を下げた。
すると、その蛇の体に変化が現れた。無数のつる草や木の枝が、まるで映像の早回しをしているかのような勢いでその蛇の体から生え始め、母体の蛇を包み込んでいったのだ。
それのみに治まらず、木の枝とつる草の塊となったそれは瞬く間に人間大に膨れ上がる。
と、そのつる草の塊が正面から割れ、中から何かが、つる草の塊を掻き分けるように出てきた。
それは、人の姿をしていた。三国志にでも出てきそうな緑青色の鎧に身を包み、腰に剣を下げたその姿は一見して武人であることが見て取れる。いわゆるポニーテールのように後ろでまとめた青い髪は癖が無く背中に流され、目元は2本の小さな角が生えた仮面で隠されている。だが、その下から見える顎のラインは柔らかで、明らかに女性であることが窺い知れる。
「龍樹、ただ今戻りました」
その背中につる草の塊が消えると、その武人は目の前にいる自分の主に跪き、頭を下げた。
「おつかれはん。呼び出して早々こき使ってしもて、かんにんな」
主と呼ばれた黒髪の女、杏寿は、柔らかな表情を浮かべてねぎらいの言葉をかける。
「いいえ、主の命に従う事こそ我らの勤めゆえ」
少しハスキーな声をした仮面の女は、かしこまったままそう答える。
「それで、どうでしたかしら?あの家を見た感想は」
そこに、主とは別の声がした。見ると、そこには燃えるように赤い着物を着崩した妙齢の女性が立っている。その髪も燃えるように赤い。
「炎雀!帰っていたのか!?」
「この炎雀、鳥目ですので夜は出歩きませんの」
「なぁに言ってんだか。昨日は真っ暗になってから帰って来たくせによぅ」
その横から、法被に襷がけをした、筋肉質で背の高い、ヤマアラシを連想させるヘアスタイルの女が茶化すような口調でそう言い出す。
「な、で、ですからあれはっ、帰るのに時間がかかっただけですわっ!」
「へー、鳥だから空を飛んでけば速いんじゃなかったのか?」
「くっ、この炎雀は、貴女のように夜行性ではありませんのよっ!ですから暗い所は不得意なのですっ!」
「なんだとぉ?だぁれが夜行性だって!?」
「貴女のことですわよ、虎鉄さん。今日お休みされていたのも、明るいうちに動くのが本当はいやだったからじゃありませんの?」
「勝手なこと言うんじゃねえ!あたいは今日は、杏寿に言われて天井裏のネズミ捕りをしてたんだよ!」
「あーら、やっぱり薄暗い屋根裏にいたんじゃありませんの!」
そして、炎雀と虎鉄の二人は、昨日と同じように口論をはじめてしまう。
昨日はこのまま喧嘩に発展してしまったのだが、今日は違った。
「騒々しい!喧嘩をするなら他所でやるが良い!」
仮面の武人、龍樹が声を上げた。鋭いその声に、炎雀と虎鉄はぴたっと口論を止める。
「あーあ、おこられてやんの」
それを見ていた杏寿の横で、昨日はいなかった、10歳ぐらいの少年が舌を出しながら二人を見ている。
その少年だが、やはり少し変わった格好をしていた。杏寿よりさらに深い黒色の髪は、前半分はざんぎり頭とでも言うのかぼさぼさにしているが、後ろ半分は襟元でひとつにまとめている。まとめた先を縄のように結ったその髪は非常に長く、それを、まるでそういうデザインの服のように、細いが引き締まった裸の上半身に幾重にも巻きつけている。
そしてその髪の束の先は、少年が持っている、彼の身長とほぼ同じ長さの棒の尻に繋がっている。黒い色をした棒の反対側には、細長い舌を出した銀色の蛇の頭を模した飾りがついており、さらに舌の先端が2つに分かれ、それぞれが鋭く尖っている。身につけている衣服は黒い色の丈の短いズボンだけで、背中には背中から腰あたりまで隠れそうな大きさの、黒い亀の甲羅を背負っている。
「うーん、やっぱし相剋の関係にある火と金やからかなぁ」
「そーこく?なんだよそれ」
「そうそう、相剋。陰陽五行では撃ち滅ぼして行ってまう関係のことどす」
杏寿は、その子をまるで年の離れた弟をかわいがるように頭を撫でながら、優しく言葉を紡ぐ。
「こどもあつかいすんな!おいらだってしきがみだぞ!」
「はいはい。ほな、龍樹はん。報告、してくれます?」
そして杏寿は、むきになって叫ぶ少年の頭から手を離すと、さっき現れた緑青色の鎧の女に声をかける。
「はっ、それでは」
すると、龍樹はすっと杏寿の前までやって来てひざまづいた。
「龍樹はん、そないかしこまらんでもよろしおすえ?」
「いや、式として仕える以上、けじめは必要かと」
「ですって。主にもため口な貴方とは大違いですわね」
「うるっせーなぁ、杏寿がいいっつってんだからいいじゃねえかよ」
「そういういい加減な気持ちだから、天井裏のネズミ捕りなどをやらされるのですわ」
「それとこれとは話が別じゃねえか!」
「そこっ!今は私が話をしておるのだぞ!少しは黙らぬか!」
また口論をはじめようとする炎雀と虎鉄に対し、龍樹がまた声を荒げる。
「ほんま、玄水はええ子どすなぁ。ケンカせえへんもんなぁ」
「だあっ、やめろーっ!こどもあつかいすんなーっ!あたまをなでるんじゃねーっ」
一方では杏寿が黒髪の少年―玄水というらしい―をまるで親戚の子をかわいがるように満面の笑みで撫で回し、少年がそれを止めさせようとじたばたしている。
「杏寿殿っ!」
「ちゃんと聞いてます。で、どないでした?」
杏寿の返事を聞いて、やっと龍樹は自分の報告を始めることができた。
えー、またお久しぶりになります。作者です。
今回を持ちまして第9部はおしまいです。
そして、例によって例のごとく、これからしばらく連載を休止します。
次回は、また新キャラが登場します。
そろそろ収拾がつかなくなりそうですが、見守っておくんなさいまし。、