09.幽霊って何ですか その17
「生情報がほしいんだったら、俺が代わりに探ってきますよ」
なおも食い下がろうとした俺の横から、男の声がした。
「え、鏡介?」
「ほら、俺なら将仁さんと寸分違わない姿だし、声だって同じじゃないスか。影武者として、これ以上の存在はないでしょ」
影武者って、お前、どっかの戦国武将じゃないんだから。
まあ確かに、俺の代わりとしてこれ以上の存在はいない。さすが鏡とでも言おうか、鏡介は俺から見ると色々なところが微妙に逆なんだが、そんなのは普通にしていれば判らない。箸を使ったり字を書いたりすればさすがに左利きとばれるが、あのお嬢様は俺が右利きか左利きかなんて気にも留めないだろう。
だが、それでも素直に頼む気にはなれなかった。というのも。
「あのお嬢様のやつ、擬人化のことを知ってんだぞ?もしお前がそうだとばれたら、何されるか判ったもんじゃねえぞ?」
そう。うちのクラスメイトたちと違い、あの近衛お嬢様は、西園寺に伝わる擬人化の力を知っていて、そして明らかにその力を欲しがっている。どの程度知っているのかは探ってみなけりゃ判らんが、目の前にその力で出来たモノが現れたら、普通はほっとかないだろう。
「大丈夫ッスよ。いざとなりゃ逃げますから」
だが、鏡介のやつは俺の心配なぞどこ吹く風といった様子だ。絶対にばれないという自信があるのか、それとも逃げ足に相当の自信があるのか。
「逃げるってどうやってだ?俺が前住んでたアパートとかなら判るけど、あっちはリムジンで登校するような奴だから、家も相当でかいだろうし、使用人とかもいるだろうし、防犯設備だってものすごいだろうし。逃げ回ってもまた捕まるのがオチだろ」
加えて、初めての場所じゃ、逃げるのも大変だろう、と思ったんだが。
「追われない逃げ方をすればいいんスよ」
鏡介の奴が、突然妙なことを口走った。
「追われない逃げ方ぁ?」
「ええ、例えばワープするとか」
ワープ、と聞いて、艦首に巨大な砲口を持ち宇宙空間を行く、日本最大の戦艦のことが思い出される。って、何を言っているんだ、こいつは。
「なんだよそりゃ、魔法使いや超能力者じゃあるまいし」
「あ、そういえば将仁さんは知らないんだっけ」
だが、しょうもない冗談だと思ってツッコミを入れたら、鏡介のやつは真顔でそんなふうに答えやがった。
そして俺の目の前で、鏡介は自分のポケットから、何か黒くて平べったい、手のひらに収まる程度のものを取り出した。携帯電話かな、と思ったが、それよりずっと小さくて薄っぺらい。
それは、俺のエチケットブラシだった。開くと、片方が鏡に、もう片方がブラシになっている。
そしてその鏡を自分に向けると、鏡介はとんでもない事を口にしたのだ。
「今日気がついたんですけど、俺、そういうことが出来るんスよ。まぁ、出来る場所には制限があるんスけどね」
一瞬、鏡介が何を言っているのか、理解ができなかった。
「ええっ!?てことは鏡介お兄ちゃん、ワープできるの!?」
ケイの驚いた声で、俺も鏡介が言わんとしたことが判ったんだが、今度は到底信じる気になれなかった。なんでって、そんなの当たり前だ。瞬間移動だぞ?SFの世界ではともかく、物理的には不可能なんじゃなかったのか?
「ま、見てもらったほうが早いッスね。んじゃ、行きますよ」
混乱した俺のことを見て、ちょっとため息をついた鏡介が、そんなことを言う。
行くって、今からどっかに行くのか?どこに行くんだ?なんてことを考えている俺の目の前で、鏡介はエチケットブラシの鏡をじっと見つめた。
瞬間。鏡介の姿が真っ白な光になったかと思うと、その次の瞬間には、光とともに鏡介の姿が消えてしまったのだ。それが証拠に、持ち手のなくなったエチケットブラシが、重力に引っ張られ、まっすぐに床に落ち、硬質な音を立てる。
「・・・・・・・・・な、何があったんだ?」
「・・・・・・・・・鏡介お兄ちゃん?」
俺とケイは、何が起きたのか判らず、ただただ床に落ちたエチケットブラシに目を落とすだけだ。
我に返り、鏡介がさっきまでいた空間に手をやるが、やはり何も無い。まさかと思ってさっき鏡介がいた足元を踏んでみるが、床の感触しかない。
つまり、手品なんかと違い、本当に鏡介はその場所から消えてしまっていたのだ。