09.幽霊って何ですか その15
「許さない!」
突然、そんな声が聞こえた。いや、聞こえたという言葉では足りない。マイクに向かって叫んだ声がでかいスピーカーで増幅され、さらにそれを耳元で聞かされたような、凄まじい声量だった。
怒っているのか?情けない兄貴だと。
「お兄ちゃんを、ひどい目に遭わせるのも、お兄ちゃんをいじめるのも、許さない!」
ああ、違う。俺じゃなくて、ナンパマンたちに向かって怒っているのか。
そこまで来て、ふとあることに気がついた。
「許さない!」というケイの言葉が聞こえた直後から、俺を蹴る足の動きがぴたりと止まったのだ。
なんとか顔を上げると、ナンパマンのうち3人ほどが頭を抱えて、とんでもなく怯えたような仕草をしている。他の連中は、それをなだめようとしたりどうしたらいいのか判らずにオタオタしている。
その反対側を見ると、ケイがいた。だがその様子が尋常じゃない。乱暴はされなかったようで、衣服などに乱れはないんだが、髪の毛が逆立っており、今まで見たことがないほどに怖い目つきでナンパマンズを睨んでいる。
その目が、ここから見てもおかしいぐらいに、赤いのだ。
「絶対に、絶対に許さないぃぃぃっ!」
ケイの叫びが再び聞こえた。だが、不思議なことに、ケイの口は全く動いていない。
そしてその時、俺はようやくあのケイの声が、耳ではなく頭に直接聞こえたもの、つまりテレパシーのようなものだったと気がついた。おそらく、怯えているヤツは、俺と同じものが聞こえているんだろう。
「受けた痛み、何千倍にして返してやるぅっ!どこへ逃げても、絶対に探し出して、死んだほうがましだったと思わせてやるうううううぅぅぅぅぅっ!」
だんだんとケイのテレパシーの声質が、ホラー映画の怪物がしぼり出すような、低く、気持ち悪いものに変わっていき、同時にその内容も恐ろしいものになっていく。
そして、とどめに。今までは声だけだったのが、とんでもないビジョンが見えてしまった。それは、目隠しされた状態で全身を何箇所も串刺しにされ、血を吐きだす男の姿だった。
しかも、目が隠れているのではっきりとは言えないが、その男は、俺だったのだ。
どこからこんなビジョンを手に入れたんだ、こいつは。
同じものが、ナンパマンズにも見えたのだろう。怯えていたヤツが、奇声を上げながら逃げ出した。それを追って残りの奴らも逃げ去っていく。
「許さない!」
赤い目の、怖い顔をしたケイが、そいつらを追いかけようと駆け出した、その手を掴む。
「えっ?」
驚いたような声を出して、やっとケイがこっちを向いた。同時に逆立っていた髪の毛が寝ていき、目も恐ろしい赤からいつもの鳶色へと変わった。
と同時に、その目があっという間に潤んでいく。
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁん、ごめんなさあぁぁぁぁい」
そして、俺にしがみついて泣き出してしまった。
今更だが、ここは町の中だ。人通りは少ないとはいえ、ゼロではない。そして、そんな中、女の子にしがみつかれて泣かれるのはいささか恥ずかしい。
さっき一方的にボコられてた時には無関心を決めていた一般人の目も、今度はチラチラとこっちを見ている。俺にはこっちのほうが対処に困る。
「大丈夫、大丈夫だ」
そう言いながら、泣きじゃくるケイを抱きしめ、ケイの頭を何度も撫でてやった。