09.幽霊って何ですか その14
「きゃあああああああああっ!おにいちゃああぁん!」
後からケイの悲鳴がする。とっさに顔を向けると、ケイが後ろからニット帽の男に抱きすくめられていた。逃げようとじたばたしているが、うちで一番非力なケイでは振り払えるわけもない。
「なにしやがる!」
「てめえが誠意みせねぇんなら、こっちの子に見せてもらうんだよ」
その瞬間。本当に一瞬だが、ぷちっと、何かが頭の中で切れたような気がした。
「ふげ!?」
次の瞬間。俺の左ボディーブローが、ニット帽の右わき腹にめり込んでいた。そこに、今度は自分の意志で、右拳でアッパーカットを喰らわせる。
ニット帽の男は、その両方をモロに喰らい、ケイを離してひっくり返った。
「て、てめ」
それを見て、ナンパマンズの一人が手に棒みたいなのを持って殴りかかって来た。
こっちから間合いを詰め、上体を屈めると、その頭上を棒が通過していった。
すかさず体を起こしつつ、右フックを繰り出す。だが、それはかすっただけだった。
そこまでやって、俺はようやく我に返った。そして、非常にヤバい今の状況に気付くことになる。
こっちより数が多いナンパマンどもが、臨戦態勢になっていたからだ。それも、どこから出したのか特殊警棒やらチェーンやらメリケンサックやらといった武器を持っている。もしかしたらナイフとか持っているやつもいるかもしれない。
今ならまだ、全力で逃げれば100%振り切る自信がある。だが、俺の後ろにはケイがいるのだ。
拳を握りしめ、ファイティングポーズを取り、睨みつけてハッタリをかます。
「おい、こいつやる気みてぇだぜ?」
「女の前だからカッコつけたいんだろ」
ナンパマンズはこっちをバカにしたような目で見ている。
「・・・・・・単騎で複数にあたるなら、相手をよく観察し、頭となる者を討つべし。相手に隙があるようなら、迷わずそこを突くべし・・・・・・」
一方、俺はかつて親父から聞いた言葉を反芻していた。
そして。
「ケンカは度胸!」
「ぶっ!?」
連中の一人が武器を振り上げたのを見計らい、自分に言い聞かせるためにも一言叫んでからそいつの前に踏み込み、軽いジャブを1発顔面にぶつける。そして動きが止まったところに左のブローを叩き込む。
止めに右フックを顎に叩き込んだところで横に逃げる。こういう場合、一箇所に留まっているのは危険だからだ。本当は一人ずつ引き離し各個撃破するのがセオリーなんだが、ケイのそばを離れるわけにはいかない。
そこでむこうの反応を見たところ、ちょっと戸惑っているように見えた。どうやらこいつらは、俺にボクシングとかの心得があるとは思っていなかったらしい。
もっとも、スパーリング以外、特に路上で人を殴るのは俺も初めてだ。どの程度ならいいのか判らないし、殴ってしまったことに対する不安や後悔が後から沸いてくる。
「てめえ!」
そして、その戸惑いから先に立ち直ったのは、あっちのほうだった。俺よりはケンカ慣れしているようで、今度は一斉に二人で攻撃してきた。
とっさにスウェーしながらバックステップで後ろへ動く。もちろん、避けるためだ。マンガや映画だと武器を持つ手を掴んだりするところだが、それよりこっちのほうが楽だし、動きを止めなくて済む。
と、2人のうち一人が、そこでバランスを崩し転びそうになる。そこにもう一人がけつまづき、その二人は一緒になって本当に転んでしまった。つまり自滅だ。転んだだけだからすぐ起き上がるだろうが、それでもこっちに有利に事が運んでいる。
そいつらの横を駆け抜け、まだ無傷の一人に右フックを繰り出す。今度はうまいことそいつの左頬に入り、そいつは足元をふらつかせて尻餅をつく。
しかし。
「きゃああああっ!」
また、ケイの悲鳴がした。思わずそっちを見ると、またケイがナンパマンズに捕まっていた。
しまった、ケイから離れてしまった。それに気を取られたのが、命取りだった。
その直後、側頭部に激痛が走り、目の前に星が散った。おかげで、一瞬だが意識が朦朧とする。
そしてその一瞬のうちに、俺は何者かに羽交い絞めにされてしまった。
「やってくれるじゃねえの」
俺を羽交い絞めにした奴が、そんなことを言う。
状況を把握したので、腕を振り上げながら力を抜き、自分の体をそのまま下に落とす。うまくいけばこれで抜けられるはず、だったが、うまくいかず、右手を抱えられてしまった。久しぶりに使った真田流兵法術だったが、不発に終ってしまったようだ。
だが片手があれば。俺は自由になった左腕を振り上げ、そこにあるであろう男のすねを狙って、肘を思い切り振り下ろした。
鈍い感覚が肘に伝わり、命中したと語る。そして、情けない奇声を上げながら、男が手を離した。
手が自由になったところで、ケイのほうを見たときだ。
目の前に、スニーカーの組みひもがアップで飛び込んできた。
「ぐあっ!」
よける間もなく、そいつの蹴りが顔に当たった。さっきのとは比べ物にならない痛みが走り、目の前が今度は赤くなる。そのまま、俺はまたアスファルトに投げ出された。
しかも、今度はあっちも容赦がなかった。立ち上がるのを待たずに、今度は腹を蹴られた。それを皮切りに、頭、腕、腹、足と、遠慮のない、明らかに複数の蹴りが、よく聞き取れないがおそらく俺への悪口であろう声とともに打ち込まれる。
「いやあああぁぁぁっ!やめてえええぇぇぇっ!」
そのなかで、ケイの叫びだけが妙にはっきり聞こえた。ケイは、無事なんだろうか。自分のことより、そっちのほうが気になってしまう。
だが、蹴りのダメージで体が思うように動かない。
ケイ、ごめん。俺、お前のこと、助けられそうもないや。
そんなことを思いながら、意識を手放そうとした、そんな時だった。




