09.幽霊って何ですか その11
その日の昼下がり。奇妙な一団が、土手脇を歩いていた。
女ばかりの集団に一人だけ男が混じっているその集団は、見てくれの年齢も国籍もバラバラで、身につけているものも、女物のスーツに始まり和服とかメイド服とか統一感がない。
しかし、見た目の統一感のなさと逆に、その一団の雰囲気はとてもなごやかなものだった。
「いい天気ね」
「そうッスねえ、こう天気がいいと気分まで晴れてきますね」
「でもぉ、私はそのせいでぇ、床下に入ったんですけどぉ」
「愚痴をいわない。いずれにしろいつかはやる事なのだから」
「Why、out of our siteにgoするのデース?」
「さっきも言たアル、院子(庭)に墓のアルは風水的に不好アル」
「たまにはいいじゃねえか、たまには外に出ねぇとカビが生えるぜ?」
「そうだそうだ。見ろ、青い空、白い雲。そのうちなんとかなるだろうと言うではないか」
「それは植○等でしょう、全くシデンさんはいつの人でしょう」
言うまでもない、真田家モノ軍団プラス常盤弁護士の一団である。その中で、ヒビキはどこから持ってきたのか大きなシャベルを肩に担ぎ、鏡介が何かの入った大きなポリ袋を背中に担いでいる。そして、レイカが正面に扉がある、プラスチックで出来た奇妙な箱を手に提げている。
その箱の扉を、紅娘がひょいとのぞく。中には金色の毛玉にも見える何かがじっとうずくまっており、動く様子はまだない。
「魅尾は、まだ元気ないアルなぁ」
「栄養剤打っただけッスからねえ、まあ命に別状はないみたいだし」
「そのほうが都合がよかろう、親の亡骸を埋めるのを見て、騒がれるのも厄介であるしな」
「なんかそういう言い方すると、あたしらが殺したみたいに聞こえるな」
「止めましょうよぉ、本当に出てきそうな気がしますぅ」
シデンの言葉に対しヒビキが口にしたことに、クリンが本当に怖そうに口を開く。
昼食の後、モノたちは床下から引っ張り出した親狐の墓を作ることにしたのだ。
最近はペット用の霊園というものもあるが、歩いて行けるところにないので、自分たちの手で墓を作ろうということになった。そしてその墓は、最初は家の庭に作る予定だったのだが、「庭に墓を作るのは風水上悪い」と紅娘が言い出し、結局は墓に適した場所に埋葬することになったのだ。
やがてモノたち一同は、家から歩いて10分ほどにある土手の上にやって来た。土手の上はサイクリングロードとして舗装され、その左右は雑草が生い茂る坂になっている。そして南東に向いた斜面は川へと続いている。川の流れは比較的穏やかだが、土手と川の間にあるせまい川原は公園などのように舗装されておらず、大小様々な石がごろごろ転がっている。
「Hereは、aboutフースイでgoodではないデースカー?」
遠くを見るように手をかざし、あたりを見渡したバレンシアが、紅娘に問いかける。
「そうアルなー。川の流れは穏やか、向きは南東。絶好の立地アルな!」
紅娘がそう断言したところで、大きく息を吐いた鏡介が、今まで背負っていたポリ袋を下ろす。そのポリ袋の中に、これから埋葬する亡骸が入っているのだ。
「重かったー・・・・・・」
「ご苦労様、鏡介クン。はい」
そのまま土手に座り込む鏡介に近づいたレイカが、冷えたペットボトル入りお茶を差し出す。
「あ、ありがとっす、レイカさん」
「ふー、ミーもa little tiredデース」
近くにバレンシアが腰を下ろす。
「ふん、貴様は運動不足なだけだ、毎日部屋に篭ってからに」
「まぁまぁ、それがバレンシアさんのお仕事なんですからぁ」
腕組みをして不満そうにしているシデンを、クリンがまあまあとなだめた。
「こんなところにお墓なんか作って、大丈夫でしょうか?」
「それについては心配ないと思います。こちら側の斜面ならば民家に面していませんし、それに、そんな大げさにする必要もありませんから」
「それに、穴を掘るのはあたしらだしな。よっ」
テルミと常盤の話に横から口を出したヒビキが、シャベルを担いだままで前に飛び上がる。ごく軽く踏み込んだだけに見えたが、彼女の体は土手の斜面をその一歩だけで軽々と飛び越えていく。
「ほっ、と。おーい、紅娘、どのへんがいい?」
そして土手のふもとに着陸したヒビキが、振り向きながらシャベルを下ろして声を上げる。
「ん、今行くアルー、ちょと待つヨロシー!」
それを見た紅娘は、やにわに背中から鍋を下ろした。
そして丸い面を下にして地面に置くと、両方にある普通は手で持つ取っ手に自分の足を片方ずつ乗せて鍋の上に立つ。
「ひゃほーっ!」
そして、そのままずざざざざざっと、土手を滑り降りてきた。そして一番下までやってくると、足で鍋を器用に操って動きを止め、そしてそこから飛び降りると、その鍋を背負いなおした。
「・・・・・・器用なことするなぁ、お前」
その動きの見事さに、ヒビキは思わず感心の声をあげる。
「ま、ワタシの一部アルからね」
そう言う紅娘の表情は、褒められたと思ったらしく満面の笑みだった。
「調理器具をそんなふうに使うのは、あまり感心できない事だけれどね」
そこに、いつの間に下に降りてきたのか、レイカがそう言葉を挟んでくる。足元がひんやりしたのでそちらを見ると、スノーボードのような形をした半透明の白い板が彼女の足の下に横たわっている。レイカが氷で作ったそれはかなり薄いらしく、見る間に溶けていく。
「それより、風水とやらでは墓はどこにするのが良いのだ?」
そして、空から舞い降りたシデンが問いかける。
「うーん、そうアルなあ、そのへんが良さそうアルな」
紅娘は少し考えてからそう答え、土手の中腹あたりまで駆け上る。
「ここなら川も良く見えるし、周囲から邪魔されるのコトもないアル」
「おし、わかった。ちょっと待ってな」
続いて、ヒビキがそこまで駆け上がる。そしてそこに着くや否や担いできたシャベルの先端をなんの躊躇いも無く地面に突き立てた。
それから10分ほどで、草に覆われた土手の中腹に縦長の穴が口を開けた。
そこに、土手の上から降りてきた鏡介が、親狐の亡骸を出しながら横たえる。そのまわりに常盤弁護士とテルミが昼前に買ってきた木炭や竹炭などをぱらぱらと落としていく。
そして土をかけて埋葬された場所に、ヒビキが川原から人の頭ほどもある石を持ってきて土の上に置き、墓標にした。
「ほら、おかあさんのお墓ですよぉ」
土手のふもとからその石を見上げ、クリンが優しい口調でそんなことを言う。その腕には、さっきまで手提げ箱の中にうずくまっていた子狐の魅尾が抱きかかえられている。その半開きの目は、判っているのか、じーっとその墓石をみつめている。
最後に、その墓標に向かって、全員が思い思いの形で祈った。黙祷して頭をたれるもの、合掌して小声でお経らしきものを唱えるもの、十字を切るもの、シスターのようにひざまづいて手を組んで祈るものなどそのやり方は様々だが、その想いはひとつだった。
そして、その時に彼らをじっと見ている者がいることに、最後まで気がつくことはなかった。
それは、黒い甲羅を持った、1匹の亀だった。そいつは、川の中からまるで潜望鏡のように首を突き出し、川の土手に集まったその奇妙な一団のことを、そこから立ち去るまでじーっと見つめていたのだ。
やがてその一団が立ち去ると、その亀は波も立てずにすーっと水の中へと消えていった。