09.幽霊って何ですか その10
そのころ。
「・・・・・・気にしなくていいよ・・・・・・俺も気になっちゃうから・・・・・・」
屋上にいるその2人を、双眼鏡で見ている者がいた。
その者の口が動く。それは、双眼鏡で見ている相手の口の動きを見事にトレースしている。読唇術を使っているのだ。
やがて、二人が屋上から出て行ったのを確認して、ようやくその人物は双眼鏡を下ろした。
水色の瞳がそこから現れる。どうやらこの人物、日本人ではないようだ。
「ふむ、こちらで掌握している情報に間違いはないようだわ。昔から彼と西園寺は完全に切り離され、そのつながりを示すものも徹底的に消されている」
そしてその人物は、脇に置いてあるファイルを取り上げると、読唇術で読み取った言葉を自分なりに取捨選択しつつ、サラサラと書き写していく。やがて、B5程度の大きさの紙がその言葉でほぼ埋まる。
ひと通り書き終わった青い目の女は、そのままファイルを閉じると、無造作に近くのブックスタンドに差し込んだ。
「それから、私たちの他に物部神道の力を探っている者がいるという話だけど・・・・・・彼女がそう、なのかしら」
続けて、近くにあったデスクトップ形パソコンの操作を始める。
カタカタとキーボードを操作していくと、画面に名簿のようなものが映し出される。この学校にいる全校生徒についての一覧である。
やがて彼女は、とあるデータにたどりついた。そこには、黒い髪をまっすぐに伸ばした、一人の女生徒の写真が添付されている。
「賀茂杏寿、9月22日付で2年B組に編入・・・・・・お嬢様と同じ日に転入。現住所は、朝賀市喜多野原3427-2 四賀茂神社。転入前は京都府の府立平安高校に在籍・・・・・・ん?」
そこまで見て、女は少し怪訝な顔をする。
「・・・・・・不自然な履歴の持ち主だわ」
一見すると、転校こそ多いがおかしなところは見られない履歴。だが、彼女はそこに不自然なものを感じていた。
「どういう関わりがあるのかはわからないけれど、調べたほうが・・・・・・・」
そして女の指がキーボードの上を動きはじめる。女の指はまるでピアニストが曲を奏でるように滑らかにそして正確にキーボードの上を動き、それに合わせてパソコンのディスプレイが目まぐるしく変化していく。その様はまるで、キーボードを介してコンピューターと会議をしているように見える。
だが、その作業は結果が出る前に中断されることになる。
こんこんこん、と彼女がいる部屋のドアをノックする音がしたからだ。
女の体がびくっと跳ね上がり、キーボードを叩く指がぴたっと止まる。
「由利先生、ちょっといいですか」
続いて、外から少しのんびりした女性の声がする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
いかにも慌てたような口調で女はそう答え、ポケットから小さな容器を取り出すとパソコンの横に置いてある卓上用の鏡を覗きこんだ。
「す、すみませんっ、お待たせしましたっ」
そして、女は部屋のドアを開く。茶色い瞳に野暮ったいメガネをした彼女は、どこから見ても日本人女性だった。
「・・・・・・由利先生、なにしていたんですか?」
ドアの外には、白衣を羽織ったおばさんが、少し呆れたような顔をして立っていた。
「いえ、あの、ちょっと、パソコンを」
「・・・・・・まあいいけど、生徒に見られないようにね」
「は、はい」
その女、この学校では2人目の擁護教員、「由利水江」は、先輩の擁護教員に申し訳なさそうに頭を下げた。