09.幽霊って何ですか その8
ただいま、11時55分。昼休みのチャイムが鳴るまであと5分。
今日こそはつかまるわけにはいかない。そのためには、教室から脱出するスタートダッシュがキーになる。おととい・昨日は出遅れて捕まってしまったので、今日こそは脱出を成功させなければならない。
安心して昼飯を食うのになんでこんなに苦労せにゃならんのか。そんなことを考えながらも、足はすぐマックススピードで駆け出せるように暖気運転をしている。
きーんこーんかーんこーん。
そうしているうちにようやく昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「起立!礼!ありがとうございましたー!」
委員長の号令による挨拶が済むと、教室は一斉にあわただしくなる。
その瞬間、俺は弁当が入ったバッグを掴むと、部屋を飛び出していた。
入口で妨害しようとした奴の頭上を体操選手ばりのジャンプで飛び越え、本当は走ってはいけない廊下を全速力で突っ切る。
目指すは屋上だ。一応出てはいけないことになっているが、今日は見逃してもらおう。・・・・・・なんか、最近、やってはいけないことをいくつもやっている気がする。
そうこうしているうちに屋上への階段を昇りきった俺は、屋上に出る重い扉を開く。
そして、人が通れる程度の隙間ができたところで自分の体を滑り込ませ、背中で押して扉を閉める。そこでしばらく息を殺して、扉のむこうから聞こえる音を確認するが、追って来る足音は聞こえない。どうやら、今日は振り切ることができたようだ。
「はああああぁぁぁ」
体が萎みそうなため息とともに、扉によりかかったまま座り込む。なんか、逃亡者になった気分。
ポケットに手を突っ込んで、携帯電話を取り出すと、画面を開いた。
「お兄ちゃん、大丈夫?なんだかすっごく疲れた顔してるよ?」
開口一番、ケイにそんなことを言われてしまった。どうやら俺は、相当疲れた顔していたようだ。
「そ、そか」
なんか本当の妹(そんなの実際はいないが)に心配されたみたいで、なんか照れくさくなってしまう。
「それよりホラ、メシにするぞ」
そして携帯電話を屋上の床にそっと置き、反対側に置いたバッグに手を掛ける。
「ホレ、ケイのぶん」
その中から2つの包みを取り出し、そのうち一つを振り向きながら差し出す。そこにはすでにケイが人の姿になって、ちょこんと座ってスタンバっていた。
「わーい、ありがとー♪」
ケイが、満面の笑みでその包みを受け取ると、さっそくその包みを開きはじめる。
そして、俺もその包みを開いて、弁当箱を開けようとしたとき。
「ほんま、仲がよろしおすなぁ」
突然、聞き覚えがとぉってもある声が聞こえた。
そっちを向くと、やっぱり見覚えのある黒髪美人が立っていた。
「か、賀茂さん!?なんでここに!?」
「なんでて言われましてもなぁ、うちもここが好きやさかい、来ましたんえ?」
俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだが。
「フーッ!」
ケイは、賀茂さんを警戒してか、素早く俺の後ろに隠れると、俺にしがみついてうなっている。お前はネコか。
「それ言うたら、あんたはんかてそこなケイちゃん、なんしてここにいてはるんどす?」
「う、な、なんでって、連れてきたからだよ」
「ふーん、そうなん」
そう言うと、賀茂さんはさりげなく俺の横に腰を下ろして、手に持っていた包みを開いた。
出てきたのは、表面に純和風な模様が金色や朱色で描かれた、漆塗りっぽい黒い箱だった。大きさはケイの弁当箱とほとんど変わらないんだが、俺の目には明らかに高級そうに見える。
そして、ぱかっと開けると、ちんまりしたおにぎりが2つ、そして純和風なおかずがきれいに並んでいる。賀茂さんらしいといえば、とってもらしいお弁当だ。
「ほな、いただきますー」
その弁当箱を軽くささげ、頭を下げてそう言う。
「ん?どないしはりました?うちのお弁当が珍しゅうおすか?」
一口食べたところで、賀茂さんが俺にそんなことを聞いてくる。どうやら、俺はそれほどに彼女の弁当を凝視していたらしい。
「あ、いやその、そういうワケじゃないんだ、ごめん」
我に返った俺は自分の弁当箱を開けると、いつものように合掌する。
そこでふと横を見ると、口をへの字に曲げたケイがじとーっとした目でこっちを見ている。
「な、なんだよ、別に変なこと考えたわけじゃないぞ」
そんな言い訳をしながら弁当箱を開けて合掌する。
「あらぁ、これはまた美味しそうなお弁当はんやねぇ」
その俺のおかずを覗き込んだ賀茂さんが声をあげる。
「むぅ、お兄ちゃん、あっち行こ!」
すると、それが気に入らなかったのかケイが乱暴に弁当箱の蓋をしめると制服の袖を引っ張った。どうもケイは賀茂さんが気に入らないようだ。
「まあ待てって、別に今すぐ取って食われるわけじゃないだろ」
そのケイを引っ張り返し声をかけると、ケイは明らかに不機嫌そうにしながらもそこに座りなおす。そしてじとーっとした目で俺を見ている。
確かに、賀茂さんの横からどきたくない、というのはある。彼女いない暦17年の俺にとって、これだけ親しくアプローチしてくる彼女を邪険にするのはあまりにももったいない。
だが、それだけではない。というか、こっちのほうがメインだ。
今、屋上にいるのは、俺とケイと賀茂さんの3人だけだ。それはつまり、他の人に聞かれたくないような話でも、外野に邪魔されることなくできるということだ。
「ふう、ご馳走様」
昼飯を平らげると、空になった弁当箱を手早くしまった。
「ところで、賀茂さん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「え?へえ、かましまへんけど、なんどすか?」
話しかけると、賀茂さんは箸を止めてこっちを向いた。弁当はまだ少し残っている、やっぱり女の子は食べるペースが遅いようだ。
「むぅっ、ちょっとお兄ちゃんっ」
直後、背中をペンチでねじられたような激痛が走る。
「いてぇーっ、ケイなにすんだーっ!」
「鼻の下伸びてる」
振り向くと、ケイが怖い顔で俺を睨んでいる。
「そんなわけあるか、俺にそんな甲斐性があると思うか!?」
言ってから、思いっきり後悔した。俺はすごいダメ人間だと言っているも同じじゃないか。
「うぅ、そうじゃないけど、その人はぁ」
こら、そこで半べそは卑怯だぞ、俺が一方的に悪人にされかねないじゃないか。
しょうがないので、自分の口を少々強引にケイの耳元に持っていって、小声で説明することにした。
「これからそれの探りを入れるんだ、変なことはしないって」
そしてようやく静かになったケイを横において、改めて賀茂さんに話しかけることにした。