09.幽霊って何ですか その6
その日の10時半ごろ。
「おーい、どうだー、そろそろいいかー?」
床下の風通し穴をのぞきながら、ヒビキが中へと声をかける。その手にはナイロン製の荷造り用の紐が握られており、そして目はサーチライトのように穴の中を照らしている。
「はいぃぃぃ、引っ張ってくださぁ~いぃぃぃ」
穴の中から、気の抜けた声が返ってくる。クリンの声だ。二人は今、親狐の遺体の回収にとりかかっているのだ。
回収の方法は単純だ。まず床下にクリンが入る。続けて、スコップと遺体を入れるための大きなゴミ袋、そして丈夫なナイロンの紐の端が風通し用の穴からクリンに手渡される。紐の反対側は外で待ち構えているヒビキが持っており、遺体を袋に入れ、口を縛った後に、外で待っているヒビキが引っ張り出すのだ。
そして、中からその遺体を袋詰にしたという合図があったので、ヒビキはその遺体を引き出しにかかった。
紐を引っ張ると、一瞬ずっしりとした感触があった。実際は動物1匹の死体にしては重過ぎるのだが、なにしろ紐を引っ張るのは人間離れした腕力の持ち主、ヒビキである。とくに踏ん張るようすもなく、いとも簡単にナイロンの紐をたぐりよせると、すぐに口を閉じたゴミ袋の口が風通しの穴から顔をのぞかせた。
そしてもう少し引っ張ると、それにしがみつく、うっすらと汚れた人の手が出てきた。
「ぶっ!?」
驚いたヒビキは、思わず手を離してしまう。だが良く見ると、その手の持ち主に心当たりがあった。
「おいクリン、脅かすなよ、何か変なものまで引っ張り出したかと思ったじゃないか」
「すいませぇん、楽だったので、ついぃ」
どうやら、袋に捕まってクリンも引きずられてきたらしい。
「まぁいいや。そこまで来たんだったら、穴から出すの手伝えよな」
「判ってますよぅ」
そして、二人は親狐の死体搬出に取り掛かった。
袋越しとはいえ、死体に触るのはあまり気持ちがいいものではない。特に、昨日引っ張り出した魅尾とは違い、この親狐はすでに蛆がわき腐敗が進んでいるので余計にだ。
しかしそのまま引っ張っても穴からは出ないので、なるべく袋に穴をあけないよう、中のものの位置を調整しつつ、なんとかその死体をその穴から外へと出す。
そしてそれが終ると、続けてクリンも同じ穴から這い出してくる。
昨日に比べて時間が短かったためか、穴から這い出す途中で力尽きることはなかったものの、それでも穴から出たクリンはしばらくその場でぐったりしていた。
「どうでしょう、運び出せたでしょうか?」
そこに、これから干す洗濯物を抱えたテルミが顔を出す。彼女はいつもどおりに家事をこなしているのだ。そうでなければ真田家の中は立ち行かないからだ。
ちなみに、いつもと同じ仕事をしているのはもう一人いる。バレンシアだ。彼女はこの家の中で、常盤弁護士を除いて唯一、職を持っている。それが西園寺家の資産管理であり、今では電子化が進んでいる株や証券の取引や管理などを全て一人で行っているのだ。さすがに不動産や美術品などの「現物」は扱っていない(まだ将仁が正式に西園寺家を継承したわけではないため)が、それでも扱う情報は膨大であり、さらに金額が大きいため1日として休んでしまうわけにはいかなかったのだ。