09.幽霊って何ですか その4
そのとき、不意にケータイが鳴った。着メロが某宇宙人映画のテーマなので、ケイからだ。
「ねねねお兄ちゃん、写メ撮ろうよ写メ!」
出ると、妙にテンションの高いケイの声が聞こえてきた。
「だってあこがれるんだもん!」
あこがれる、ねえ。俺としては関わりたくないんだが。
とはいえ、珍しい光景なのは確かなので、ケータイのカメラレンズをお嬢様のほうへ向ける。
そして、カシャッというシャッター音がした(俺がシャッターを押したのではない)、その瞬間。
お嬢様が俺に気がついたらしく、こっちに顔を向けると、そのままつかつかと歩み寄ってきたのだ。
「おはようございます、真田さん」
お嬢様は、俺の前まで来ると、ふんぞり返りながら俺に挨拶をしてくる。
それは人に挨拶する態度じゃないだろう、と思うが、指摘するとめんどくさいことになりそうなので、軽く流すことにする。
「あ、おはよう」
そして、ケイに「悪い、切るぞ」と言ってからケータイを折りたたみ、ポケットに入れて、そそくさと立ち去ろうとしたら、案の定また声をかけられた。
「お待ちなさいっ!この私が声をかけているというのに、どこへ行くつもりですのっ!」
きんきん響く金切り声に引き止められ、俺は立ち止まる。そしてふとまわりを見回すと、野次馬どものほとんどが俺を珍獣を見るみたいな目で見ている。
お前ら、近衛にひれ伏さない奴がいるのがそんなに珍しいのか、と言ってやりたくもなったが、それをぐっと我慢して振り返る。
「どこって教室に決まってるだろ、学校に来ているんだから。お前らも、こんなところにたまってると遅刻するぞ」
それだけ言ってとっとと去ろうと、俺はした。
が、駆け出そうとしたところで何かが足に絡まり、俺の動きを邪魔した。おかげでバランスを崩し、俺はその場に前のめりに転んでしまった。ポケットの中からケイの悲鳴が聞こえてきたので、体をひねってケータイを潰さないようにするが、おかげで尻餅をついてしまった。
「な、なんだ?」
ナニがあったのかと思って自分の足元を見ると、いつのまにか紐みたいなものが俺の脚に絡み付いていた。その紐の両端には石がくくりつけられている。
なんだこりゃ!?と思って顔を上げると、お嬢様が俺のすぐ近くに来て俺を見下ろしていた。
「私が話があると言っているのです。聞かないことは許さなくてよ」
この大勢の中で、朝っぱらから人の都合を聞かない奴だ。
仕方がない、ここはあきらめてお嬢様の言いたいことを聞くことにしよう。
「明日、我が家でパーティを催しますの。迎えをやりますから、必ず参加しなさい」
だが、わざわざ俺の足を封じてまでお嬢様が言い放ったのは、それだけだった。どんなことを言われるのか、ぶっ飛んだことを言うんじゃないかと不安だったんだが、正直拍子抜けしてしまった。
「お前なあ、この時間のない忙しい時にする話じゃねぇだろ」
「あら、この私の用事より大事な用など、あなたにありまして?」
そして、いつも持っている扇子を開いて、ほーっほほほほほと高笑いする。
どうやら、このお嬢様には羞恥心というものがないらしい。俺なんか珍獣扱いされているこの場を一刻も早く去りたいというのに。
そんなことを思いながら、なんとか足に絡まった紐を解くと、やっと俺は立ち上がった。
「話は終わったか、じゃあもう行くぞ」
尻についた砂を払うと、投げ出してしまったカバンを手にして去ろうとした。のだが。
お嬢様はよっぽど俺を邪魔したいらしい。
「お待ちなさい!」
と一括され、思わず立ち止まってしまう。くそ、優位に立たれるのは非常に癪なんだが。
「セバスチャン。あれを」
その俺の目の前で、お嬢様は横に立っていた運転手、というか執事みたいな男に声をかける。
なーにがセバスチャンだ、どう見ても東洋人じゃないか。お嬢様がアメリカ人とのハーフでアメリカから来たんだから日系人なのかも知れないが、でもセバスチャンって顔じゃねぇだろ、似合わない口ひげなんか生やしやがって。
なんてことを考えていると、そのセバスチャンがすたすたすたと俺に近づきながら、懐から白い封筒を取り出し、俺の前に着くと全く同じタイミングで俺にその封筒を差し出した。
まるで計算したかのようなその動きにも驚いたが、間近でそのセバスチャンを見てさらに驚いた。と言ってもルックスなどについてではない。
目だ。なんといえばいいか、俺らのまわりにいる奴では見ることがない目だ。あえて言えば迅のそれが近いが、もっと表情がない感じだ。
なんだ、こいつは。お嬢様のまわりにはこんな不気味な連中ばかりがいるのか?なんてことを考えつつ、俺の手はその封筒を受け取っていた。
「招待状ですわ。明日までに、目を通して下さいませね」
ソレを見たお嬢様が、にっこりと笑う。うーん、こいつもこういう表情が出来るんだな。元はいいんだから、もっとそういう感じでいてくれればいいのに。
「では、参りますわよ。明日、楽しみにしていますわ」
そんな俺の前で、お嬢様はもう感心が無くなったらしくそう言い放つと、いつもの高笑いをしながら校舎のほうへと歩いていく。取り巻きでもないだろうに、そこにいた野次馬の大半がぞろぞろとついていく。
そして俺は、手にその招待状を持ったまま、ぽつんと取り残された。