09.幽霊って何ですか その3
未だに慣れない満員電車に運ばれた後、駅のホームに吐き出された俺は、改札を抜けたところでまたもあの二人に捕まることになった。
「おっす」
「おはよう、真田君」
シンイチと委員長だ。まあ昨日と同じ時間の電車に乗って来たんだから当然だ。
「今日も朝から疲れてんなぁ」
「俺はまだ通勤ラッシュになれてないの」
「そんなこと言ってぇ、一緒に住んでる子たちの相手してきたんじゃねーの?」
「アホ、そんなことできるわけねーだろ。メシ食っただけだって」
そしてシンイチはまた絡んできて、委員長はそこから一歩引いて見ているという、昨日と同じ展開が繰り広げられる。なんか日を追うごとに話題が下品になっていると思うのは気のせいだろうか。
「はいはい、二人とも。そろそろ時間よ」
そして腕時計を見た委員長にたしなめられ、通学路を一路学校へと向かう。これも昨日と同じ。
この3人でいくと必ず俺が仲間外れになるんだが、どうせ行くところは同じだし一人で行くのも味気ないので結局はこいつらについていってしまう。
しかし、付き合いだしてまだ一ヶ月程度だからしょうがないとは思うんだが、一応はまだ独り者の俺のすぐそばでラブトークされるのは苦痛なことこの上ない。
「なぁ委員長。知ってたら教えて欲しいんだけど」
なんとか話題をそらしてやろうと、タイミングを見計らって俺は委員長に話しかける。
「ん、何?」
「狐の生態について、なんか知らね?」
すると、案の定きょとんという顔をされる。
昨日、うちの床下から狐が出てきたという話をすると、やっと納得された。
「あのへんのどっかで飼ってた狐が野良になったんだと思うんだけど、犬や猫と違うからどーしたもんかと思って」
「うーん、狐の生態は私もよく判らないわね。よく、体は犬で性格は猫とか言われるけど」
「確か、エキノコックスとかいう寄生虫を持ってるんじゃなかったっけ」
シンイチが横から意外なことを口にする。そういえば聞いたことがあるが、あれって寄生虫だったのか。そのへんの予防接種とか、あいつらちゃんとやってくれるだろうな。
そんなことを話し合っていると、うちの学校の校門のところまで来ていた。
とりあえずの目標はクリアだな、と思ったとき、俺は現実味のない光景に遭遇してしまった。
何かというと、生徒でごった返している校門の前に、真っ白でものすごく高級そうな外車がすーっと入ってきて停まったのだ。これは確か、ロールスロイスとかいう奴ではないだろうか。
がちゃ。
その運転席が重厚な音を立てて開き、背の高い男が下りてくる。運転手なんだろうか。見るからに高級そうなスーツを着込んだ男だ。髪は丁寧に整えられており、またルックスも悪くない、というか男の俺から見てもかなりかっこいい部類に入る。そのせいか、車のまわりにいる生徒の、特に女子からきゃーっという黄色い声があがっている。
だが、男はそれに目をくれることもなく車の反対側に回りこむと、そこにあるノブに手をかけ、そしてうやうやしくそのドアを開いた。なんとなく、一昨日見た暴走族のお出迎えを連想するが、こっちのほうがずっと気品がある。
「どうぞ、お嬢様」
そして、運転手の男が一言そう声をかける。
「ん、ご苦労、セバスチャン」
そう言って、車の中から出てきたのは。彫りの深い顔に金色の縦ロールな巻き毛。そしてすらりと背が高く、モデルと見まがうスタイルの持ち主だった。
もうお分かりだろう。近衛クローディアお嬢様だ。こいつ、毎朝こんな大げさな登校をしているのか、回りの迷惑も少しは考えろと言いたい。
しかしまあこの派手な登場は嫌でも注目されるわけで、登校中の学生たちの多くが足を止めてその様子を鑑賞している。写メを撮る奴は当たり前で、中には一眼レフの本格的なカメラを持参する奴まで現れる始末だ。そしてお嬢様は、その高校生カメラマンの真ん中でまるでモデルのようにポーズを決めている。
お嬢様が毎日車で送り迎えされているということは、噂では聞いていた。だが、ただでさえ時間がない朝の登校時間にこんなことをしているとは。
「金持ちのすることはよくわかんねぇな」
思わず、そんなことを口にしていた。