09.幽霊って何ですか その2
下に行くと、リビングにはすでに人だかりができていた。
「あっ!お兄ちゃんおはよー!今日は遅いんだねー!」
入った直後、ケイがとびついてくる。正確には、俺が起きた時間はいつもと同じなのでケイが早いんだが。
ケイの頭をなでながらそんなことを考えつつリビングの中に目を向けると、珍しいことに家族全員がリビングに集まっていた。いつもならヒビキなんかはまだぐーすか高いびきなのにな。
やっぱり、みんなで助けた魅尾のことが気になるんだろう。一番遅かったのが俺だったのがちょっと恥ずかしい。
そんな中で茶碗と箸を受け取った俺は、にぎやかな朝餉の輪に早速加わった。
俺のまわりでは、常盤さんを交えた面々が色々とおしゃべりをしている。魅尾の世話の話かなと思いながら聞き耳を立ててみると、どうもそうではないらしい話が混じっていた。
「ホントですよぅ、私ぃ、見ちゃったんですよぅ」
いつになく顔色が悪いクリンが、そんな事を言っている。
「見たって、何をだ?まさか、コレじゃねーだろうな?」
ヒビキが、自分の前で両手を指を下に向けて垂らす。一般的に幽霊を意味する仕草だ。
すると、クリンはこくんとひとつ頷いた。どうやら、クリンは夕べ幽霊を見たらしい。
「・・・・・・マジ?」
「Unbelievableデースねー、ghostがappearしたなんテ」
「どのような奴であったのだ?」
案の定、うちのメンバーの大半は(自分自身が妖怪みたいな存在だというのに)それを信じていない。しかし、クリンの顔色の悪さからして、ただのホラ話とも思えない。
「ゆ、夕べですねぇ、ふと夜中に、目が覚めたんですよぅ。するとですねぇ、そのぉ、リビングにぃ、オレンジ色の、ひ、ひ、火の玉がぁ、浮かんでいたんですよぉぉ」
話しながら思い出してしまったらしく涙声になるクリンを見て、ちょっとかわいそうになってしまう。
「火の玉ぁ!?それって、人魂ってこと!?」
敏感に反応したのはケイだった。しかしこちらはどちらかというと興味津々といった感じだ。
「夢でも見たのでしょう、全く昨日あんなDVDなんか見るから」
味噌汁をすすりながら答えるのはテルミだ。昨日俺らが学校へ行っているときに、うちにいた連中はDVDでいろいろな映画を見ていたらしく、その中に四谷怪談ものがあったそうだ。
「けど、あれに出ていた人魂って、青緑じゃなかったっけ」
今度は鏡介が口を出す。そういえば怪談物に出てくる人魂はそんな色をしてるな。昔、防虫剤とかで使ったしょうのうを燃やすとそんな色になると聞いたことがある。
しかし、メシ時にする話じゃないだろ。
「だからぁ、夢じゃないですよぅ。私、見たんですぅ」
クリンは、懸命になってみんなに説明するが、みんなほとんど取り合わない。そこまでいくと、なんだかかわいそうになってくる。
「本人が見たって言ってるんだから、見たことにしておけばいいじゃないか。狐火ってのもあるし、床下の親狐が子供の様子を見に来たのかも知れないだろ」
なので、クリンへ援護射撃をしてしまった。もちろん根拠のない意見だ。俺は基本的に幽霊は信じていないし、オカルトなんかも同列だと思っている。もっとも、妖怪とかUMAとかは、それに近いものに囲まれて生活しているせいで信じる気になっているのも事実だが。
しかし、俺の発言でこんどはクリンが鬼の首を取ったように勝ち誇ってしまった。
「ほらぁ、将仁さんだってそう言っているじゃないですかぁ!」
ふと口にした「狐火」という単語が、昨日その存在を知った狐のことと相まって、クリンの中で信憑性を持ってしまったらしい。
「将仁さぁん、私の味方をしてくれるなんてぇ、クリン、嬉しいですぅ!」
と思っていると、突然そのクリンが抱きついてきた。
ちょっと待て、まだメシの途中だぞ。と思いながらも、以前あったあの柔らかい感触を思い出し、頬がちょっと緩んでしまう。
「ちょ、クリンさん、まだ朝食の途中っすよ」
「ほえ?」
だが、俺にはその感触は来なかった。見ると、クリンは鏡介に抱きついており、鏡介が迷惑そうにクリンのことを見ている。
どうやら俺と鏡介を間違えたみたいだ。さっきまで俺を見ていたのに違うほうへ向かうとは、随分と器用な奴だな。
「お兄ちゃん、鼻の下伸びてる」
そして、ケイの思いっきり不機嫌な声に、俺は現実に引き戻されたのだった。