08.慣れというのは恐ろしい その17
「えーと、あの大きさだから、毛布を二つ折りすれば、1枚で十分でしょうか、あとタオルと・・・」
自分たちの寝室へ向かったテルミは、あの犬のような動物をくるむためのタオルと毛布を取りに行った。
「シデンが炊いたご飯がまだ少し残っていたわね。かなり弱っていたから、おもゆのほうがいいかしら、それとももっと単純に、暖めた牛乳のほうがいいかしら」
レイカは、衰弱したその動物が食べられるもの作りに取り掛かった。
そして紅娘は、あることをするために2階へと駆け上がった。
「バレンシアサン、ちょといいアルか!?」
彼女が向かったのは、常盤弁護士が公私にわたって使っている部屋だった。だが今は常盤弁護士の姿は無く、代わりに金髪碧眼の見るからに外国人の女性、元ノートパソコンのバレンシアが座っていた。
そのバレンシアが、紅娘の声に反応しこっちを向く。彼女がかけている縁が無い大きな丸メガネには、傍目には全く意味が判らない無数の数字や記号の列が映りこみ、それらが下から上へと流れていく。そして、口には電話線の端をくわえ、右手には外付けのハードディスクから伸びたケーブルを握りしめ、左手にはいつも背中にしまっているディスプレイを自分に向けて持っている。そのディスプレイにも、いくつものウインドウがめまぐるしく開いては閉じている。
「Oh, ホンヤンヒャーン、wharro haffen?」
電話線を咥えたまま、バレンシアが返事をする。
初めて見たときは何事かと思うだろうが、実は彼女は今、放置されていた西園寺家の株や不動産などの管理および処理を行っているのだ。
普通の人間には到底不可能なことだ。コンピューターの面目躍如といったところか。
「ちょと見て欲しいものがあるアル、下に来るヨロシ」
このバレンシアを呼びに行くこと。それが紅娘のしたことだった。
「Hmm, OKレーフ、just a moment.」
紅娘のただならぬ様子を察知したのであろうバレンシアは、一通りをクローズすると紅娘と一緒に部屋を出た。
そして、今家にいるモノたちが、風呂に入っているクリンを除いてリビングに集まる。ちなみに、ケイとシデンは将仁が通う学校へ外出中、鏡介はレンタルDVDの返却のためこれまた外出中、そして常盤弁護士も仕事でこれまた外出中である。
「まああったく、ミーのworkをinterruptさせるなーんテ、what happen デース?」
リビングに来るまでは仕事を中断されて文句を言っていたバレンシアだが、部屋に入るとこんどはそこに用意されたものに驚きを見せた。
「Hey, why suchなthingがprepare(用意)されているデース?」
そこには、引越し時に使った大きめのダンボール箱が、上側に口をあけてでんと置かれていたのだ。その箱の底には、タオルが数枚敷かれている。そして、その箱の外に毛布が1枚、そしてタオルが3枚ほど置かれている。
事情を知らないバレンシアにとっては確かに“なんだこれ?”である。
「Hey, 誰かミーのquestionにanswerしてくだサーイ」
「ふぅ、あったまりましたぁ」
そこに、風呂からあがったクリンがバスタオルを体に巻いた状態で入ってきた。さっき床下から出てきたときとは見違えるように元気になっている。
そして彼女は、さっきその床下から引き出した犬のような獣を、真っ白なバスタオルに包んで抱きかかえていた。ぴくりとも動かないのはあいかわらずだが、風呂で温まったからか、少し顔色が良くなっているように見える。
それを見て、バレンシアは一瞬目を凝らした。
「・・・・・・これ、foxじゃないデースかー!Whereからcarry offしたデース!」
そして声を張り上げた。
犬のような動物の正体は、狐だった。テルミはなんとなくそうではないかと思っていたのだが、確信がなく断言できなかったのだ。
「人聞きの悪いことを言うなよ、この床下にいたんだから」
「床下、under the floorデース?」
「はいぃ、潜って捕まえたんですぅ」
そう答えながら、クリンはダンボール箱の寝床に、大きさからしてまだ子供であろうその狐を、バスタオルでくるんだままそっと置いた。
「クリン、悪いけど、その子の口を開けてくれない?」
「あ、はいぃ」
そこに、レイカが入ってくる。手にはそれぞれティースプーンとお椀を持っていて、お椀の中には離乳食のようなものが入っている。
「よいしょ、こうですかぁ?」
「そうね、しばらくそのまま支えていて」
クリンが開けた子狐の口に、スプーンで少しその離乳食を流し込む。だが、子狐には飲み込む体力もないのだろうか、口の端からぼたぼたと毀れていく。
「・・・・・・駄目かしら」
「ううん、ダイジョブみたいアルよ?」
そう口を開いたのは、クリンの横から手を入れ、その子狐の体を支えていた紅娘だった。
「今、ちょとだけ喉が動いたのコトよ」
「本当か!?」
「あぁ、良かったでしょう!希望が見えてきたでしょう!」
「Certainly!Cercomstance(事情)はcannnot understandデスけど、lifeがsavedしたのはvery goodデース!」
「はあぁぁ、苦しい思いをしたかいがありましたぁ」
その瞬間、その場にいたモノたちが一斉に歓喜の声をあげた。