08.慣れというのは恐ろしい その16
「お、おい、大丈夫か?」
「クリンサン、目を覚ますヨロシ!まだ半分しか出てないアル!」
ヒビキと紅娘が起こそうと懸命にゆするが、クリンはまるで船酔いか熱射病にでもなったかのようにぐったりしている。
「アイヤー、ヒビキサン、どうしよ、困たアル、意識戻らないアルよぉ」
「あ、あたしに言われても、あたしだって、どうしたらいいか」
「ととととにかく出さないといけないアル、ヒビキサン引っ張るヨロシ」
「バカ、あたしの力で引っ張ったら千切れちまう」
二人はそこでパニックになってしまった。なにしろ、クリンに行けと言ったのは自分たちである。その意味では責任の一端は自分たちにある。
だが、二人がおたおたしているところに、意外なところから助けが入った。
「ほら二人ともどきなさい」
そこにいる3人以外の声がした。ヒビキと紅娘は、その声の主を見ると、あわててそこから数歩離れた。
その直後。
ざばぁーーーーっ!
クリンの上から、突然大量の水が落ちてきた。
「・・・・・・ふぇ・・・・・・」
すると、うつぶせになったままぐったりして動かなかったクリンが、声をあげた。そして、意識を取り戻したように小さく頭を上げ、いつもどおりの半開きの目でまわりを見回す。
「お、おい、大丈夫か!」
「・・・・・・私、どうして、濡れているのでしょうかぁ?」
「私が水を浴びせたからよ」
クリンが、体をひねって自分の後ろから聞こえる声の主を見た。
そこには、白い着物を着た女が立っていた。手に洗い桶を持っているので、その桶に入っていた水をクリンめがけてぶっかけたらしい。
「れ、レイカさん」
「こんなところで何をしているのかと思えば。ほら、早く出てきなさい」
そう言われて、まだ自分の下半身が床下にあるのに気付いたクリンは、あわてて体を起こし、残った部分の引き抜きにかかる。
やがて、全身を抜き出したクリンは、風呂に入って汚れを落とすために、ヒビキに付き添われながら家の中に入っていった。
「それで、紅娘。何をしていたのかしら?」
そして、レイカは取り残された紅娘に声をかける。その口調はいつもと変わりなく、表情も変わらないが、その背後からなんとなくレイカが不機嫌なことを察した紅娘は、ありのままを話すことにした。
「それで、コレがそのケモノサンアル」
最後に、さっきクリンが床下から持ち出したポリ袋を前に出す。
「そう。確かに、目につかないとはいえ床下に死体があるのは気分が良くないわね」
「ワタシもそう思ったアルし、テルミサンも同じコト言てたアル。風水的にもよろしくないアルから、除いてもらたトコロ・・・・・・ん?」
だが、不意に紅娘がその死体が入っているポリ袋を触りながら、怪訝な顔をした。何かに気がついたようだ。
「どうしたの?」
「・・・・・・少しあったかいアル」
「えっ!?」
レイカが驚き、サンダルを履いてバルコニーへと下りてくる間に、紅娘は袋を置くと袋の口を急いで開いた。
死臭が鼻を突く。そのにおいに眉を潜めながらも、紅娘はその袋の中に手を入れ、そして中に入っている動物の亡骸に手をかざす。
「どう?」
「・・・・・・やっぱり、ちょと温かいアル」
一緒にのぞきこむレイカの目の前で、意を決した紅娘が、その体に指先で触れてみる。そして声をあげた。
「生きてる!」
なんと、その動物はまだ生きていたのだ。弱弱しいながらも心臓は動いており、息もしている。
「ホントか!?」
いつのまに来ていたのか、ヒビキが後ろからのぞいて声をかける。
「や、ど、どうしましょう、どうしたらいいでしょう」
同じく、いつのまにかリビングに戻っていたテルミもばたばたと落ち着き無く歩き回る。
「ど、ど、どうすると言われても、ど、どうしようアル」
そして、その犬みたいな動物が生きていることを発見した紅娘も、そのポリ袋を持ったまま右往左往する。
だが、その中でも一人、冷静なのがいた。
「みんな落ち着きなさい、じたばたしても始まらないわ」
レイカの一言で、その場のパニックは一瞬収まった。しかしこれからどうしたらいいかはそのレイカにも判らなかった。
「とにかく、見るからに衰弱しているから、なんとかしないと本当に死んでしまうわ」
「なんとかって言っても、どうすりゃいいんだよ」
「判らないわよ、生かすのは私の分野じゃないもの」
「あ、暖めてあげましょう」
そこで新しい意見を出したのは、今度はテルミだった。
「この前、ドキュメント番組でそんなシーンを映した覚えがあったのでしょう、暖めて、体温を上昇させれば、意識が戻るかも知れないのでしょう」
「よぅし判った!こいつ、風呂に入れてくらぁ!」
やることが決まってからの、モノたちの動きは早かった。
ヒビキがその犬のような動物を風呂へと連れて行くと、他の3人もめいめいに動き出した。