08.慣れというのは恐ろしい その13
「おにーちゃあん!おかえりなさぁい!」
部活を終え、帰ってきた俺が、通用門をくぐったと同時に、ケイが飛びついてきた。
どうやら俺を待っていたらしい。どこぞのロリコンに見せたら地団駄踏んで悔しがる光景だな、と思いつつケイの頭を撫でると、ケイは満面の笑みで答えてくれる。
「もう、ケイがどんなに心配したと思ってるの!?怪我してないかな、道に迷ってないかな、電車に乗り遅れたりしていないかなって、気が気じゃなかったんだからぁ!」
「悪かった、悪かったって、そんな怒るなよ」
「やだもん!ゆるさないもん!えへへーっ」
そんなことを言いながらも、ケイはぎゅーっとしがみついてくる。
いくら人通りが少ない夕方とはいえ、外でやられるのはいささか恥ずかしい。
「あ、そだ。お兄ちゃん、ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
ふと我に帰ったケイが、ぱっと離れてからくいくいと俺の袖を引っ張る。
「見て欲しいもの?なんだそれ?」
「えへへ、すっごくかわいいものっ!ほら、早く早くぅ!」
そう言って俺を引っ張るケイの目は、さっきと別な意味でキラキラしている。
かわいいものって、なんだろう。携帯電話から見てかわいいものと言って心当たりがあるのはストラップぐらいだが、だったら家の中に置いておかなくてもいいだろうから・・・・・・じゃあなんだろう?
ケイに引っ張られるまま家の中に入った俺は、そのままリビングに通され、そして奇妙な光景を目にした。
なんか知らんが、そのリビングのすみのほうに人だかりが出来ているのだ。集まっているのは格好からしてうちのモノ集団なのは間違いないが、みんなで何かを取り囲むようにしてこっちに背中を向け、互いになにやら小声で話し合っている。
「みんなあ、お兄ちゃん帰ってきたよぉ」
ちょっと不満げなケイの声でやっと俺のことに気付いたらしく、モノたちが動き出した。
「あ、お、お帰りなさい、お勤めご苦労様でしょう」
真っ先に動いたのはやっぱりテルミだった。ばっと身を翻してこっちを向くと、メイド立ち(というのがあるかどうかは知らんが)になって頭を下げてくる。ほんと真面目だなあ、浮ついた番組ばかり流しているテレビだとはとても思えん。
「ああ、将仁か、お帰り」
「ずいぶん遅かったわね。いつもは私が買い物から帰るころには家にいるのに」
「おおかた、寄り道でもしていたのであろう」
なんか変な中傷が混じっているような気がするが、それは聞き流すとして。
「なにやってんだ、お前ら?」
その一団に割り込みながら、一番気になることを聞いてみる。
「何って、まあ見てくださいよ」
そう言って場を譲る鏡介に促されてそっちに目を向けると、上向きに口を開けた段ボール箱の中に、毛布の塊が安置されているのが見えた。
クリンが、その毛布をめくり上げる。
枯れ草のような色をした動物が、そこに横たわっていた。大きさは豆芝よりちょっと小さいぐらいだろうか、犬に似ているが、犬にしては顔が細い。また耳がとんがってて大きく、ふさふさした大きな尻尾が特徴的だ。
これに似た動物を、どこかで見たことがあるような気がする。俺は脳のシナプスをつなぎまくってその記憶を懸命にたどり、そしてようやくそれを思い出した。
「これ、狐か?」
「Certainly. This is a Japanese foxデース」
バレンシアが答えるまでもなく、それは日本人になじみが深い、しかし今では絶滅とまではいかなくてもかなり数の少ない動物、狐だった。しかも、体の大きさからしてまだ子供だ。
だが、自然と言ったら公園とか街路樹ぐらいしかないこのへんに、なんでいるんだろう?どっかで飼っていたのが野良になったんだろうか?
「なんでここにこんなのがいるんだ?どこから拾ってきたんだ?」
その疑問を素直にぶつけてみたところ、答えはあっさり返ってきた。
「拾ってきたっていうか、いたんスよ。床下に」
「床下ぁ?」
なんでも、紅娘の奴が床下に500円玉を落としてしまい、探そうとのぞいてみたときに見つけたんだそうだ。