08.慣れというのは恐ろしい その12
将仁が去って、ほんの数秒後のこと。
「にゃー」
後ろから聞こえてきた泣き声に応じるようにして、女がすっと振り向いた。
1匹の猫が、物陰から顔を覗かせ、こちらを伺っている。
女がその場にしゃがみこみ、右手を出すと、猫は物陰から飛び出し、女の前に駆け寄るとその場にちょこんと座りこんだ。ぱっと見たときは白猫のようだったが、その猫は体に虎のような縞模様があり、猫というよりは白い虎のミニチュアのように見える。
「今日は一日おつかれはん、と言いたいところやけど」
女は猫の喉元を指先で撫でながら、その猫が言葉が判るかのように話しかける。
「悪いけど、あとちっとばかし張りついててもらえへん?」
すると、猫のほうもそれがわかったかのように顔を上げ、抗議するかのように一声鳴いた。
「愚痴りたいんは判るけどなぁ、うちもまだ手ぇ離せへんのやわ。炎雀はんも違うとこに張りついてもろとるさかい、動けるんはあんたはんだけなんどす。あとでおととあげるさかい、頼めまへん?」
それに対し、女は本当に申し訳無さそうに言葉を続ける。
やがて、その猫は諦めたように下を向き、にゃーと一声鳴くと、そのままくるっと向きを変えて駆け出し、そして再び物陰に消えていった。
「あら、賀茂さん。こんなところで何してるの?」
入れ替わるようなタイミングで、彼女の後ろから声をかけられた。
立ち上がって振り返ると、自分と同じ制服を着た女子が数人、こちらを見ている。
「ああ、滝田はん、すんまへんなぁ。お猫はんがいはったさかい、ついかまってしもてん」
女は、髪を靡かせながらその女子たちのほうへ走っていく。
「へぇ、賀茂さん、猫好きなんだ?」
「せやなぁ、猫だけやのうて、おケモノはんならみんな好きでっせ?」
「そうなんだぁ。じゃあ今度うちにおいでよ、うちネコ飼ってるから、見せてあげる」
「ほんまどすか?やぁ、おおきになぁ」
「あ、いっけない。そろそろ部活が始まっちゃう。行かないと」
「あー、おぉけすとら部やったっけね。早う行きまひょ」
そしてその女子たちと一緒に、黒い髪の女の姿は校舎の中に消えていった。